初優勝を飾った1992年大会以来のEURO決勝進出は叶わなかった。しかし初戦でエースのエリクセンを失うという危機を乗り越え、ベスト4まで勝ち上がったデンマークの奮闘ぶりは、世界中のサッカーファンを魅了したことだろう。その今大会の歩み、代表チームを取り巻く選手、サポーター、地元メディアなどの知られざるエピソードの数々を、北欧サッカーに精通する佐藤真理子さんに伝えてもらった。
今もカメラに眠る背番号10の写真
「信じられないほどの美しい旅 ―En utrolig smuk rejse―」
準決勝でイングランドに2-1で敗戦した後、前デンマーク代表監督のオーゲ・ハレイデは地元メディア『BT』に寄せたコラムの中で、今大会の代表の快進撃をこのように形容した。
主将のシモン・ケアーも試合後のインタビューで「素晴らしい冒険」とコメントした波乱万丈な旅路の一部を、ここで紹介していきたいと思う。
そんなEURO2020というデンマーク代表の旅は、思いもかけない荒波への航海から始まった。
忘れもしない6月12日。同じ北欧のフィンランド相手ということもあり、コペンハーゲンのパーケン・スタジアムで行われた大会初戦は両国のサポーター同士がスタンドで談笑する光景も見られるような、穏やかで活気のある雰囲気の中でスタートした。
しかし前半43分、その雰囲気は一変する。
何の予兆もなくクリスティアン・エリクセンがピッチに倒れ伏した時、距離にして約50mのスタンドから目撃していたサポーターの1人は、脱水症状で倒れたくらいに最初は思ったそうだ。だが心臓マッサージが始まった時、彼をはじめとする観客は事の重大さに気づき、場内は一斉に静まり返った。このサポーターから3列後ろの席に、エリクセンの家族はいたという。
この光景をさらに近く、約15mのゴール裏付近から見ていたのが地元カメラマンのロンボクだ。
彼は大手の写真画像代理店と契約しており、カメラのボタン1つで米国のサーバーに写真を送信することができる。エリクセンが倒れた直後も、彼は背中を向けて倒れているMFの写真を撮影し、いつもするように送信ボタンを押した。
しかし数分後、彼もまた事の重大さに気づきその写真を送信したことを激しく後悔したが、何の運命か、サーバー側のエラーで写真は送られていなかった。
ロンボクはその後も写真を撮り何枚かを送信したものの、それらの中で倒れたエリクセンが写っているのは、ケアーがエリクセンの気道を確保している光景を捉えた1枚だけだった。その写真も、彼が伝えたかったものは友人を救護するケアーの表情であり、エリクセン自身ではない。この日のエリクセンをスクープの対象にしないのはデンマーク人カメラマン共有の意識と彼は述べた後、外国メディアやTVカメラが近過ぎる位置から撮影したエリクセンの写真や映像を公開したことに憤りを感じていたと語る。
倒れた直後のエリクセンの顔を撮った他のデンマーク人カメラマンもいたが、その写真は彼らのカメラの中で今も眠っている。
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Profile
佐藤 真理子
横須賀市在住。日韓W杯でスウェーデン代表にはまる。現地観戦を時おりこなしつつ、配信等のWEBを利用した“遠距離観戦”で一喜一憂する日々に忙しい。お隣のデンマークやノルウェー代表にも興味津々という北欧好き。