6月29日のEURO2020ラウンド16最終日に行われた強豪対決は、イングランドがスターリング(75分)とケイン(86分)のゴールでドイツを下し、準々決勝に駒を進めた(7月3日にウクライナと対戦)。国際大会の決勝トーナメントでは1966年W杯決勝から勝てていなかった宿敵についに勝ったイングランド国内の反響と、21世紀になっても薄れない90年来のライバル同士の因縁の深さを、ロンドン在住20年以上の山中忍さんが現地から伝える。
この夏、朝7時からパブ営業中
「ENGLAND 2-0 GERMANY」――6月29日にウェンブリー・スタジアム(ロンドン)で行われたEURO2020ラウンド16の結果は、国内で「歴史的勝利」として伝えられた。
試合当日、夜のニュース番組の代表格であるBBCテレビの『ニュース・アット・テン』では母国代表の白星がトップ扱い。イングランドの先制ゴールを決めたラヒーム・スターリング個人にも時間が割かれ、ウェンブリーのあるロンドン北西部で育った代表FWの元担任教師も画面に登場した。翌朝の国内紙は、高級紙と大衆紙の別を問わず、スターリングとハリー・ケインの両得点者の写真が第1面。ニュース番組では、試合終了から半日以上が過ぎても、ドイツ撃破が最もホットな話題であり続けた。
外国人としての冷めた目で見れば、「他にないのか」とも思える。しかし、在住者という視点で眺めると、「これしかない」となる。国際大会の夏が訪れるたびに、全国民が代表ファンのようだと思わされるのがイングランドのお国柄。この夏は、普段はラグビーとクリケットにしか興味がない近所の女性でさえ、ジャック・グリーリッシュが誰かを知っている。犬の散歩で顔を合わせれば、「なんでもっと使われないの?」と訊いてくる。
「サッカーの母国」がライバル対決を迎えるとなれば、たとえ早期ラウンドでも全国的な一大インベントだ。6月18日のスコットランド戦がスコアレスドローに終わると、その第2戦で勝ち点4ポイントとしてグループステージ突破に王手をかけたにもかかわらず、格下とみなしている相手との“英国ダービー”で期待を裏切った代表チームが、ソーシャルメディアで16強に駒を進める資格を疑われた。
そのラウンド16で実現したドイツ戦は、勝てば決勝で西ドイツを下してW杯優勝を果たした「1966年以来最大の勝利になる」と騒がれていた。コロナ禍での規制が完全には解除されていない国内では、まだリモートで仕事を続けている国民も多い。通勤している者の中にも、イングランドが国際大会で大一番に臨む平日には有休消化が増えるのが通例。店内で試合中継を流すパブには開店時間の問い合わせが殺到し、現地時間夕方5時のキックオフに向けて早くから盛り上がりたいパブ観戦ファンの要望に応え、朝7時に開けた店もあったという。
ドイツ戦は内容二の次、結果がすべて
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Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。