コロナ禍は「お金か? 人命か?」という、平時ではあまりお目にかからないシビアな二者択一を我われに迫っている。ビルバオのEURO開催権剥奪の裏側にも、健康を守ろうとする側と経済的利益を守ろうとする側のつばぜり合いがあった。もっとも、実情は“UEFAの強引な要求を突っぱねた”という言い方が近いのだが……。
※『フットボリスタ第85号』より掲載。
去る4月23日、EURO2020の開催地の一つをスペインの北部ビルバオから南部のセビージャに変更したことを、UEFAが発表した。アレクサンデル・チェフェリン会長は、その変更を「お祭り的で安全な環境での開催を保証するため、我われは現地の政府と連盟と協議を重ねた」結果、と胸を張った。が、その後スペインでの報道によって明らかになった、ビルバオ市当局とUEFAのやり取りによれば、この会長の言葉は半分しか正しくない。
「お祭り的な環境」の実現のためにUEFAが懸命に努力したのは確かである。
なにせ、最低でも収容人数の25%の観客、アスレティック・ビルバオの本拠サン・マメスであれば1万3000人をスタジアムに入れることにこだわったのだから。お客さんが入ればお祭りムードが盛り上がるのは、当たり前である。だがその一方で、安全な開催のためにUEFAが努力した形跡はない。地元紙『エル・コレオ』が報じたビルバオ市の誘致担当者の証言によれば、UEFAの言葉は以下のようだったという。
「保健当局の基準はともかく25%の観客を約束しなさい」「約束しなければ開催は危うくなる」「動員は感染状況いかんだ、という意見には同意しない」「無観客なら無開催だ。感染状況など関係ない」
UEFAはどうしても観客を入れたかった。感染状況とは無関係に。
この姿勢のどこが「安全な環境での開催を保証」する努力なのか? そもそも、安全第一で開催したいのなら無観客開催こそ検討されるべきだった。UEFAが傘下に置くスペインを含む各国リーグ、欧州カップ戦は無観客で大きなトラブルもなく無事終了した。特に無観客2年目の今季はオペレーションが熟練したせいかクラスター発生もなかった。
が、UEFAには安全性を犠牲にしても客を入れたい理由があるのだ。
「感染状況とは無関係に」観客25%を要求
……
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。