それは長い長いデビュー戦だった。
6月12日に行われたEURO 2020のグループB初戦、デンマークvsフィンランドは、現地時間18時に試合が始まり、終わったのは21時半。フィンランドにとっての国際大会デビュー戦は、本当に長い試合だった。
デビュー戦はつらい試合に
クリスティアン・エリクセンのアクシデントがあった後では、試合内容や結果は決して重要ではないだろう。試合後、英放送局『BBC』は毎日配信しているポッドキャストの放送を取りやめて「今日の試合を振り返るのは正しいと思えない。私たちの想いはエリクセンと彼の家族とともにある」とだけ伝えた。
英紙『The Guardian』のポッドキャストも、出演したジャーナリストたちがエリクセンについて話しながら泣き始めた。サッカーファンだけでなく、エリクセンのニュースを聞いた世界中の人が同じような思いを抱いたはずだ。
それは対戦相手のフィンランド代表もそうだった。初出場の国際大会で記念すべき勝利を飾ったマルック・カネルバ監督も、試合後の会見で「フットボールは私たちみんなの人生の一部だ。誰にとってもつらい試合だった」と暗い表情で振り返った。
試合後、彼らはそのままコペンハーゲンに一泊し、心身ともに消耗し切った表情でベースキャンプのロシア・サンクトペテルブルク郊外に戻ってきたのは翌日の20時半だった。これほど長いデビュー戦があっただろうか。
「フットボールには向いていない」
この試合だけの話ではない。フィンランド代表は、初めて国際大会の予選に臨んでから84年の月日を経てきた。その間、ワールドカップとEUROを合わせて32回も予選で涙を飲んできた。
惜しい瞬間もあった。1998年ワールドカップ予選では、最終戦でハンガリーに勝てばプレーオフ進出だった。1-0とリードして迎えた91分、相手のCKをクリアしそこない、ボックス内で混戦状態に。再度クリアしたボールがゴール方向に飛んでしまい、それを再びクリアしたらGKに当たってオウンゴール。信じられないような形でプレーオフ進出を逃した。
「フィンランドサッカーの絵を描くのならあのシーンだろうね」と主将MFティム・スパルフは『Washington Post』紙に語った。
「私たちはフットボールには向いていない。アイスホッケーに専念すべきだ。フィンランドの国民はそう考えるようになった」
シュート1本で勝利の快挙
そんな国を国際舞台に導いたのがカネルバ監督だ。クラブチームでの監督キャリアはフィンランド2部での1年だけ。その後はサッカー協会で働き始め、U-21代表監督とA代表のアシスタントを経て、2017年から代表チームを率いるようになった。
代表チームでも活躍した現役時代、カネルバは選手としてプレーする傍ら、教師として学校で体育や数学を教えていたという。「いろいろな個性の子供たちと過ごすことで、集団との接し方を学んだ」そうだ。それが監督業の礎となった。2009年にU-21フィンランド代表を初めてU-21欧州選手権に導いたのも彼だった。
カネルバは、デンマーク戦の前日会見でフィンランドの強みについてこう語っていた。「チームスピリットと団結力。特に守備面でそれが発揮されるだろう」
まさに団結力の勝利だった。5バックを敷いて守り続け、23本ものシュートを跳ね返した。PKのピンチには守護神ルーカス・フラデツキーが立ちはだかった。そしてFWヨエル・ポーヤンパロがワンチャンスをものにした。データ会社『Opta』によると、1980年以降のW杯とEUROでシュート1本のチームが勝利するのは初めての快挙だという。
団結力で強豪に挑む
団結力を高める努力も怠らなかった。フィンランドサッカー協会は、国旗掲揚ポールを購入してベースキャンプのホテルに設置してもらった。そして毎朝、グループに分かれて掲揚ポールに集合すると、代表者がフィンランドや代表チームへの想いを語るという。こうして、1週間前に親善試合でエストニアに敗れていたチームが、大舞台で見事に勝ち点3を手にした。
「とても感情を揺さぶられる夜だった」とカネルバ監督は試合後に語った。「国際大会初出場のデビュー戦で、デンマークと相手の本拠地で対戦した。試合前は国歌を聞いて感動した。その後、エリクセンのアクシデントがあった。本当に激動の試合だった。最終的には良い結果を残すことができた」
「もちろん結果はうれしい。信じられないことだ。この試合は、いろいろな意味で一生忘れられないだろう」
次もアウェイゲーム。サンクトペテルブルクでロシアと戦う。そしてグループ最終戦ではFIFAランク1位のベルギーと対戦する。厳しい試合ばかりだが、この団結力さえあれば、初出場でベスト8まで勝ち上がった前回大会のアイスランドの再現も不可能ではないだろう。
Photos: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。