5月29日のCLファイナル、ハベルツの決勝点を演出した“囮”のランは完璧だった。4500万ポンドの新ストライカーとして、リーグ戦6得点は確かに物足りない。しかし「ゴール枯渇」や「自信欠乏」が批判されるようになっても、常に全力でトライし、移籍1年目を走り抜いたティモ・ベルナー。そんな彼の姿に、西ロンドンで20年以上チェルシーを追い続ける山中忍さんは20-21シーズン、他のどのヒーローたちよりも目を奪われたそうだ。
MVPならマウントやカンテだけれど
チェルシーの20-21シーズンは、クラブ史上2度目のCL優勝で幕を閉じた。MVPを選べば、ファン投票で年間最優秀選手に選ばれてもいるメイソン・マウントになる。まだ22歳のMFは、フランク・ランパードが指揮を執った前シーズンに主力と化し、今年1月の監督交代後も不可欠な存在であり続けた。去る5月29日、エスタディオ・ド・ドラゴン(ポルト)で決勝ゴール(○0-1)を演出したスルーパスは、対戦相手としてピッチ上にいたアシストの芸術家、ケビン・デ・ブルイネも誇りに思えるような名作だった。
そのCL決勝というシーズン最大のビッグゲームで、最も強烈な印象を残した選手はエンゴロ・カンテだ。守備的MF抜きのイレブンでキックオフに臨んだマンチェスター・シティに、ボランチの重要性を見せつけた30歳の働きは驚異的。「8番」的な要求度が減ったトーマス・トゥヘル新体制下で、「6番」的な本来の姿を取り戻したシーズン後半は、プレミアリーグ優勝の奇跡を起こしたレスターの原動力として、チェルシーの第2期ジョゼ・モウリーニョ時代に終止符を打った一戦で、ピッチのいたるところにカンテがいるように感じられた5年半前を思い出させる存在感だった。
しかしながら、シーズンを通して最も目を引かれた選手はティモ・ベルナーだった。そう、国内メディアではチャンスを「確実に逃す」と言われるようになり、ネットを揺らしてもビデオ判定でオフサイドが確認されてノーゴールとなる例が多かったことから、英語読みでは「バーナー」の苗字が“VAR-Nah”と綴られるようにもなったベルナーだ。……
Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。