PSG、バルセロナ撃破の悲願達成。4年前のトラウマをついに払拭する
「UEFAチャンピオンズリーグの決勝トーナメントでバルセロナを破る」という悲願を、パリ・サンジェルマンはついに成し遂げた。
2011年に経営がカタール資本に変わって以来、2012-13シーズンから毎年出場しているCLで、彼らは決勝トーナメントで3度(2012-13シーズン準々決勝、2014-15 シーズン準々決勝、2016-17シーズンラウンド16)、スペインの強豪に行く手を阻まれている。しかも前回は、第1レグに4-0で勝利しながら、カンプノウでは1-6で敗れるという歴史的な大逆転を経験した。
ところが今回は、敵陣での第1レグでキリアン・ムバッペのハットトリックを含む4得点で4-1の勝利、という願ってもないスタートを切った。
そして3月10日、パリでの第2戦目を1-1で乗り切り、総計5-2で準々決勝進出を決めた。
「まるで練習試合だな」
新生PSGにとって、歴史的なこの瞬間をサポーターの前で実現できなかったのは、残念だったことだろう。
スタンドにいたのは記者とカメラマン、警備員と関係者を入れて250人ほど。お馴染みのチャンピオンズリーグアンセムも、スペイン語とフランス語で行われた場内MCも、空っぽのスタジアムに寒々しく響いた。
しかし、自陣のサポーターのプレッシャーがなかったことで、選手たちは逆に落ち着いてプレーできたようにも思う。
前回とは違って、今回はアウェイゴールを4点も奪っているのに、試合前に周囲のPSGサポーター数人に尋ねると「何が起こるかわからない」と誰も安穏とはしていなかった。
記者たちも「延長戦もあり得る」と真剣に話していたから、そんな一人ひとりの不安が4万5000人分も集まっていたら、スタジアムにはもっと圧迫感があったことだろう。
試合は、記者席から「まるで練習試合だな」と嘆く声も聞こえてきたほどバルセロナのワンサイドゲームだった。
PSG側は、トップのマウロ・イカルディまでがハーフライン下まで完全に下がり、ハーフコート内でプレーする時間が延々と続いた。
31分、イカルディがクレマン・ラングレにかかとを踏まれて倒され、PSGがPKをゲットすると、ムバッペが決めて1-0 でリード。ここでパリ陣営からは安堵感が伝わってきたが、それも束の間。わずか6分後、リオネル・メッシが20mはあろうかという距離から超スーパーボレーを決めて同点にすると、この瞬間からピッチ上の選手たちの様子が一変した。
緊張から解き放ったPKストップ
経験というのは残酷で、戒めにもなるが、「また起こらないとは限らない」という不安も煽る。
この日の先発メンバーで、4年前にカンプノウのピッチに立っていたのはマルコ・ベラッティ、ユリアン・ドラクスラー、マルキーニョス、レイバン・クルザワの4人だけで、ムバッペやイカルディらはあの惨敗を体験していないが、このメッシの同点ゴールが決まった直後から、ピッチから伝わってくる空気ははっきり体感できるほど不安を含んだものに変わった。
そしてそれは前半終了直前、クルザワがグリーズマンを倒してバルセロナにPKが与えられた瞬間ピークに達した。
メッシが蹴ったシュートをGKケイラー・ナバスが弾き出した瞬間、スタジアム内には「ウォーーー!!!」という地鳴りのような爆音が轟いた。
一瞬、サポーターが何人か紛れ込んでいたのかと思うほどの大響音だったが、これは20人かそこらの、PSGのベンチ陣たちの叫声だった。そんな心の底からの雄叫びが上がるほど、あの瞬間の彼らの緊張感は極限に達していたのだ。
このピンチを乗り越えたことで、PSG はこの試合を勝ち切った。
逆にこのPKが決まってバルセロナが2-1のリードで後半戦に入っていたら、後半で2点追加されて延長戦へ、という可能性も十分にあったと思える試合内容だった。
4年前のトラウマを払拭し前進
この日のバルセロナは、的確に相手のパスの流れを摘み取り、PSGにまったく自分たちのゲームをさせなかった。試合後にペドリも「なぜ1試合目でこれができなかったんだ?」と話していたが、誰もがそう思ったことだろう。試合後のスタッツではPSGのポゼッションは33%とあったが、3割以上もあったのか? と驚くほど、彼らがボールを保持していた記憶がない。
それだからか、グリーズマンも清々しい様子で「持てる力を全部出し尽くして戦った。多くのチャンスを作れたもののゴールにできずに負けたが、好感触とともにここを去ることができる」と話していた。
これまで数々のピンチを救ってきたGKナバスはこのビッグマッチで9本のシュートをセーブした殊勲選手。2019年夏に彼をリクルートしたことは、現在のPSG にとってベスト級の補強だ。
案の定、翌日の報道では「勝ったはいいが、この戦いぶりではこの先が不安」とPSG のプレー内容が非難されていたが、この試合で一番大事だったのは、とにかく勝つことだ。トラウマを払拭して前進できたことを、最大の収穫とすべきだろう。
「これで4年前を忘れることができた。我われはバルセロナを締め出したのだ」
と誇らしげに語ったナセル・アル・ケライフィ会長は、これまでに見たこともないような満面の笑みだった。そして饒舌に「ネイマールとムバッペはパリジャンでい続ける」とまで付け加えている。
昨年、準々決勝進出を決めたドルトムント戦も無観客試合だったが、サポーター軍団がスタジアム周辺に押しかける騒ぎとなった。
今回は、試合中に外で花火が上がっているような音が何度か聞こえたが、18時が門限の夜間外出禁止令は守られていたようで、試合後の騒ぎもなかった(試合前夜にはPSGサポーターが、バルセロナのチームが宿泊していたホテルの周辺で早朝4時に花火をあげ、そのうちの1人が客室に泊まって朝5時にけたたましいアラームを鳴らす、という泣けるほど姑息な妨害工作をしたそうだが……)。
昨シーズン同様、コロナ禍という異例の状況の中でPSGは強さを発揮している。準々決勝に向けては「トゥヘルのチェルシーとの対戦が見たい」といった声も上がっている。
Photos: Yukiko Ogawa, Getty Images
Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。