今シーズン、フルアムがプレミアリーグに残留できたとしたら、その時は22歳のストライカーが救世主としてサポーターから崇められるだろう。冬の移籍市場で加入したFWジョシュ・マジャが、降格圏に沈むチームに一筋の希望の光を与えている。
演出上の“悪役”にされる
ナイジェリア人の両親の元、ロンドンで生まれたマジャは、フルアムの下部組織にも在籍したことがある。だが引っ越しなどの理由でフルアムを後にすると、イングランド北東部のサンダーランドでプロキャリアをスタートさせた。そしてサンダーランドの生え抜きとして活躍するようになるのだが、ある番組がきっかけで最終的にはファンから憎まれることになるのだ。
どこかで彼の名前に聞き覚えがあるという人は、Netflixの『Sunderland ‘Til I Die』を見たのだろう。サンダーランドに密着したそのドキュメンタリー番組内で、マジャと彼の代理人は“悪者”扱いされたのだ。しかし「どんな番組でもそうだが、物語を作るために“いい奴”と“悪役”が描かれるもの」とスポーツ情報サイト『The Athletic』が振り返るように、どうやら少し大げさに描かれていたようだ。
2018-19シーズン、3部リーグに降格したサンダーランドにとってマジャは希望だった。シーズン前半戦、マジャはリーグ戦24試合15ゴールで得点ランク2位につける活躍を見せ、番組内で紹介されたように、トッテナムなどの強豪クラブから注目を浴びるようになった。
マジャがそのまま活躍すれば1年での2部復帰の可能性は高かった。しかし、そこには大きな問題があった。マジャの契約が残り1年を切っていたのだ。サンダーランドは契約更新のオファーを出したがなかなか交渉はまとまらず、オーナーのスチュアート・ドナルドが「破格」と表現した契約も断られ、マジャは1月に150万ポンドでフランスのボルドーに移籍した。リーグ・ワン(イングランド3部)からリーグ・アン(フランス1部)へのステップアップだった。
星印は付けられていたが…
この番組がオンエアされると、マジャはサンダーランドのファンから恨まれることになった。番組内でサポーターから話しかけられた際には「来年もここにいるよ」と語っていたため、裏切り者のレッテルを貼られたのだ。しかしサンダーランドの当時役員は「マジャの責任ではない」と『The Athletic』に証言する。
「責任があるとすれば、それは我われクラブ側だ。役員と監督の連携が取れていれば、彼をレギュラーに定着させる前に長期契約を結ばせることができたはずだ。」
実は、2015-16シーズンにサンダーランドをプレミアリーグ残留に導いたサム・アラダイス監督は、2016年夏にイングランド代表の監督に就任する時、サンダーランドの若手についてメモを残していたという。若手選手が並ぶリストで、マジャの名前の横に星印を付けていたというのだ。しかしサンダーランドはマジャと長期契約を結んでいなかったのである。
番組内でクラブスタッフたちは「完全に代理人の判断だ」「お金だ」と移籍に導いた代理人を非難していたが、前述の元役員は「今はプレミアリーグで活躍しているのだから、代理人の判断が間違っていたとは言えない」と代理人を擁護する。
また、マジャの人間性を悪く思う者はクラブ内にいなかったという。マジャは毎日のように同じ若手のルーク・オナインと居残り練習をし、いつも前向きで礼儀正しく、チームメイトからも好かれていたのだ。番組では放送されなかったが、マジャはサンダーランドを去る際に控え室の荷物をまとめると、クラブスタッフにお土産とメッセージを置いていったという。
移籍先のボルドーではあまり結果を残せなかったが、今年2月にフルアムにローン加入すると、出場2試合目のエバートン戦で2ゴールを決めてチームをリーグ戦13試合ぶりの勝利に導いた。スコット・パーカー監督も「短い時間で本当にうまくチームに馴染んでくれた。彼には学ぶ姿勢と成長意欲がある。それが非常に重要なんだ」と、向上心を持ち続ける素直な若手ストライカーを称えた。
フルアムはまだ降格圏から抜け出せていないが、残留圏の17位ブライトンと勝ち点で並んでいる。彼らが残留できるかどうかは、マジャの活躍次第かもしれない。
Photos: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。