Jリーグから地域リーグまで網羅するドイツ人。日本サッカーマニアが語る「データスカウト」の情熱
ドイツで生まれた移籍情報専門サイト『トランスファーマルクト』。世界中のプロ選手たちをほぼすべて登録していると言っても過言ではない、膨大なデータベースは今やファンとメディアだけでなく代理人にまで活用されている。
ドイツサッカーを特集した『フットボリスタ第83号』では、そのマネージングディレクターであるトーマス・リンツ氏のインタビューを収録。同サイトでは日本サッカーに一層の情熱が注がれているという意外な事実が明かされている。真相を確かめるべく、「データスカウト」として有志でデータを集めるTobias氏に話を聞いた。
「Jリーグは恋人のような存在」
――まずは日本の読者に向けて自己紹介をお願いします。
「Tobiasと言います。ドイツに住んでいますが、22歳から日本サッカーを追い続けていて、今は33歳になります。人生の大半をサッカーファンとして過ごしていて、日本で生まれた『がんばれ!キッカーズ』や『キャプテン翼』のアニメもテレビで見ていたので、昔から日本との接点自体はありました。さらに一歩踏み込んで日本サッカーに大きな興味を抱くようになったきっかけは、香川真司のドルトムント入団です。彼の活躍を見て、どんなリーグやクラブでプレーしていたのかを詳しく知りたくなったんです。さらに乾貴士や内田篤人のように続々と日本人選手がドイツに参戦したので、彼らのプレーしていたJクラブも調べました。
ただ、当時はドイツから日本サッカーの情報を集められる場所はかなり限られていて、世界中のサッカーファンが参加しているフォーラム『Big Soccer Forum』、アラン・ギブソンが英語で日本サッカーを特集している雑誌『JSoccer Magazine』、いくつかのFacebookやTwitterのアカウントなど、わずかな情報源しかありませんでした。そこで私がドイツ語版のウィキペディアに日本人選手や日本のチームの情報を加えていた時、2010年から日本サッカーを追い始めた『トランスファーマルクト』を見つけました。2014年より、そのデータスカウトを務めています。Jリーグは恋人のような存在で、私を毎週末の朝6、7時に起こしてくれるんです(笑)」
――時差が7、8時間あるので、日本では14時キックオフでもドイツだと朝の6、7時になるわけですね(笑)。データスカウトとしては、どのようなお仕事をされているのでしょうか?
「仕事というのは言い過ぎかもしれません。よく誤解されるのですが、私たちはデータスカウトとして一切お金をもらっていないのです。有志で好きな選手、クラブ、リーグのデータを集めているだけですから、ウィキペディアのやり方に近いですね。仮に報酬をもらっていたとしても、このタスクを7年間も続ける動機にはならなかったでしょう。うまく言葉にできませんが、仕事の合間や自由な時間に選手のデータを追加したり、ユーザーから提供された情報の信憑性を確認するモチベーションは私の中で自然と生まれてきているのです。
作業内容については、公開されている情報を集めて『トランスファーマルクト』のデータベースに合うように処理していますね。リーグやクラブの公式サイトに加え、日本のサッカーメディアも確認しています。さらに『Football LAB』 『Soccer DB』『Futbol DB』『JSLink』『JSL Ganbare』 などの日本語のデータベースも参考にしていますね。ありとあらゆる情報を集めていますから、諜報活動のように見えるかもしれません(笑)。素晴らしい情報を提供してくれている日本の同志たちの情熱には感謝してもし切れませんね。
そうした情報源をもとに、まずは『トランスファーマルクト』に登録されているリーグでプレーする選手のプロフィールを作成しています。例えば、移籍金、移籍歴、身長、利き足などです。本来ならば契約年数も記載したいのですが、日本サッカーでは滅多に公表されませんから難しいです。たまに複数年契約が発表されることもありますが、多くの場合は更新されたかどうかのみ。契約内容まではわかりませんよね」
6部まで手掛けたデータスカウト10年史
――現在は6部まで網羅しているんですよね。マネージングディレクターのトーマス・リンツ氏から聞いたのですが、『トランスファーマルクト』でもそこまで登録されているのはドイツサッカーと日本サッカーだけだとか。
「間違いありません。日本サッカーに存在する200以上のクラブ、約6000の選手を登録しています。ただ、そこまでたどり着くのに10年以上の月日がかかりました。まず2010年に『トランスファーマルクト』で日本サッカーが登録され、MaabaabamblerやNavyBlueWaspなどの先人のデータスカウトたちが、運営を始めたという歴史があります。最初に記録されていたリーグはJ1、J2、JFLのみでしたが、私が加入した2014年にJ3が新設され、最初はそのデータ管理を任されました。
同時に前任者たちに家族ができたりしたことで世代交代が始まり、 Tobias Schmidtら新たなデータスカウトたちが加入しましたが、人手不足で一時的にJFLの更新が滞ってしまいました。すべて私たちの手作業で反映している以上、膨大な時間がかかりますから仕方がありません。終わりもないので、正直に言うとモチベーションが下がってしまう時もあります。でもFootball, bloody hellというデータスカウトの働きのおかげで、JFLの更新を再開できました。こうして私たちは1部から4部を網羅したわけです」
――ちなみに、日本サッカーを担当しているデータスカウトは何人くらいいるんですか?
「時代によって変わっていますが、2~4人でやりくりしてきましたね。しかもそのほとんどがドイツ人です。現在は私とFootball, bloody hellが中心になって運営しています。トラックの運転手からプログラマーまで多種多様な人材がデータスカウトを務めてきましたが、日本サッカーへの大きな情熱はいつの時代も変わっていませんね」
――その人数で異国のリーグを6部まで登録したのは凄いですね。5部からはどのように手掛けていったのでしょうか?
「私が地域CLを登録できないかと『トランスファーマルクト』本部に相談したのは2019年の終わりのことでした。当時はそれ以上深堀りするなんて考えていませんでしたが、2020年は新型コロナウイルス感染拡大によって世界中のサッカーだけでなく社会全体が止まってしまい、私たちは自由時間を持て余していました。暇潰しに地域リーグのデータ収集方法について下調べをしてみると、近年になってすべての地域リーグがホームページ上でGoalNoteクラウドか、XML形式でマッチレポートを公開していました。交代選手の間違い、タイムスタンプの不備、アシストした選手の記入漏れなどもたまに見られますが、私たちにとっては反映するのに十分過ぎる内容です。
また地域CLを導入する前から、アマチュアクラブに所属している選手の一部は、『トランスファーマルクト』に登録済だと知っていました。以前Jクラブでプレーしていた選手も少なくないですし、ドイツの下部リーグでプレーしていてドイツサッカーの担当者に記録されていた選手も多いからですね。彼らのプロフィールを再更新したり、スタッツをまとめた時の充実感は何とも形容しがたいです。 そこで『トランスファーマルクト』本部に直談判すると、5部に相当する関東サッカーリーグ1部、九州サッカーリーグ、関西サッカーリーグ1部、北信越フットボールリーグ1部、東海社会人サッカーリーグ1部、東北社会人サッカーリーグ1部、北海道サッカーリーグ、中国サッカーリーグ、四国サッカーリーグを登録してくれたので、2020年は一転して忙しい一年になりました。
さらに『トランスファーマルクト』で日本サッカーを掘り下げるため、2021シーズンの開幕前に6部にあたる関東サッカーリーグ2部、東海社会人サッカーリーグ2部、関西サッカーリーグ2部、東北社会人サッカーリーグ2部北、東北社会人サッカーリーグ2部南、北信越フットボールリーグ2部を追加してもらいました。関東2部には『キャプテン翼』で有名な南葛SCも登録されていますよ。私にとって思い入れのあるクラブであるように、世界中のサッカーファンが注目しているでしょうから、彼らの日本サッカーでの躍進を『トランスファーマルクト』上で見守っていけたらいいですね」
言葉の壁に阻まれながらもファクトチェック
――『トランスファーマルクト』上でも、マッチレポートが作成されていますよね。それもデータスカウトの役割なんですか?……
Profile
足立 真俊
1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista