福山シティに見る、ゲームモデルをめぐる対話【小谷野拓夢×五百蔵容(後編)】
昨年の天皇杯でジャイアントキリングを連発し、6部クラブながら準々決勝進出の快挙を達成した福山シティ。その準々決勝のブラウブリッツ秋田戦で見せたパフォーマンスに、『砕かれたハリルホジッチ・プラン』の著者である五百蔵容氏が感銘を受けたことから、指揮官の小谷野拓夢監督との対談が実現。
後編では、23歳の指揮官が導入しているという戦術的ピリオダイゼーションのゲームモデルをどう現場でワークさせているのかについて掘り下げていく。
「ゲームモデル=スタイル」ではない
──ではここからは、そのゲームモデルについて具体的に掘り下げていきましょう。福山のゲームモデルでは、局面をどういう形で分解しているのでしょうか?
小谷野「攻撃は『ビルドアップ』と『崩し』に分けています。GKが参加できるゾーン1内でのボール保持を『ビルドアップ』、ゾーン2・3での攻撃を『崩し』と呼んでいます。ゾーン2とゾーン3を分割して考えることが一般的ではありますけど、部分最適から全体最適という考え方をしているので、自分たちはゾーン2からゾーン3へのボールが移った時の攻撃は早いんですね。だから、そこをまとめて『崩し』と呼んでいます。
守備も裏表で、『相手のビルドアップに対しての守備』と『相手の崩しに対する守備』に分けていて、ポジティブトランジションはボールを奪って『カウンターに転じるトランジション』と、『ポゼッションを回復するトランジション』の2つ。ネガティブトランジションは『カウンタープレス』でボールをすぐに回収する時と、相手がカウンターしてくる時に対しての『リトリート』という分け方をしています。難しい原則は立てていません」
五百蔵「ゾーン2と3を融合させて考えて、そこからは『崩し』だというのはビエルサやグアルディオラもそうだと思いますね。アタッキングフットボールをチェルシーの第二期にやっていたモウリーニョとかもそうかな。おそらくビルドアップをしながら攻撃をすることを高いレベルでやっているチームは、だいたいみんなそういう考え方なんじゃないかなと思います」
──それぞれの局面で、例えば先ほどのロングボールの話はビルドアップの局面での主原則、準原則、準々原則に則った行動ということですよね。あまり具体的に聞いてしまうのも問題かもしれませんが(笑)。
小谷野「問題ないですよ。ロングボールを嫌がって相手が引いてくれたら逆に崩しの局面がやりやすくなるので、この記事を見て相手が引いてくれるんだったらありがたいですね(笑)」
五百蔵「ゾーン2で奪われたボールを奪い返したり、福山がロングボールを放り込んだ後の跳ね返されたボールをどこのスペースで取るかなどもできていますものね」
小谷野「はい。基本的にアグレッシブに前に出ていきたいと考えています。相手が僕らのビルドアップにガンガンハイプレスを仕掛けてくるなら、こちらはひっくり返して前に進めようという準備をしていますから。秋田戦に関しては、フィジカルなところ、特にスプリントに差があるという分析をしたので、試合ではロングボールはいつもより少なかったんです。今思えば、そこが課題だったなと。逆にロングボールを入れて、相手のバックパスに対して自分たちが組織を保ったままハイプレスして、相手にロングボールを蹴らせて回収してゾーン2から攻撃する、というシーンも前半に数回作れていましたから。反省点としてはもう少し思い切ってロングボールを入れても良かった」
五百蔵「秋田のプレースタイルや選手から考えると、こちらからロングボールを蹴って思う通りの働きかけができるかどうか未知数だった、ボールを手放しても相手に確保されるだけという状況になるかもしれないと。『蹴らないのはなんでだろう?』と思いながら見ていたんですけど、そこはやっぱり実際にやってみないと難しいですよね」
──ゲームモデルはかなり誤解されているところもあって、ゲームモデル=ポゼッションのような志向するサッカースタイルと捉えられがちじゃないですか。でも、実際はあくまでもすべての局面を網羅してどう行動するのかという原則を設定するもので、当然押し込む場面もあればドン引きの場面もある。
五百蔵「ゲームモデルは軍事的に言うとドクトリン(戦闘教義)なんですけど、ベースの考え方がありつつ、発展可能なシンプルな考え方を見つけ出して、いろんな状況に対応できるようにするというのがドクトリンというものが生まれた背景です。日本陸軍などがそれを取り違えて大失敗していますけど、ドクトリンというのは『最初からこれをやっておけばいい』というものではなくて、何かする時の自分たちの立ち位置を明確にするためのものです。ポジショナルプレーにしてもゲームモデルにしても、ポゼッションのことだとかそういうことではなくて、そもそも考え方が違っていますから、それは浸透させたいですよね」
──明文化して共通の意思決定基準で行動できるようにしようというゲームモデルの考え方自体は効率的で論理的なんですけど、日本はどうしても空気を読む社会というか、不文律で行動をそろえようとする。全員がなんとなく空気を読んでうまく生活していく形で社会が回っている。日本サッカーにもそういう部分は多いです。それ自体は単純に良い悪いで評価できることではないですが、ゲームモデル的な考え方とはギャップが大きい。
五百蔵「例えばロシアW杯の日本対ベルギーの試合を見ていて面白いと思うのが、空気で決めてるんですよ。柴崎がスルーパスを出した原口の得点シーンなども、みんなで空気を読んでいるんですね。あのシーンにはサッカーの面白さがある意味で詰まっている。ベルギーは規律を保ちながらうまく散開しながら、自分たちが集まりたいところだけ集まって、集まりたくないところには集まらないでみたいなことをどの選手もやっていて凄いんですけど、空気を読んでプレーする日本に先制されているわけですから」
──キングダムの本能型の武将みたいな話ですね(笑)。そういうサッカーがあってもいいと思いますし、それはそれで世界で戦えているのでいいと思うんですけど、本能型の武将ばかりだと当然限界がある。ヨーロッパ的なやり方でチームを作っているチームと、日本的な空気を読んで戦うチームとが日常的に競うようになってくるとお互いの発展もあると思うんです。
五百蔵「双方がいいとこ取りをし合って良くなるんじゃないかなとは思いますね」
原則を無意識化する「ソマティック・マーカー」
──ゲームモデルを作成する人は増えてきていますけど、それをトレーニングでどう落とし込めるかがより大事です。局面の中で設定している、キーとなるシチュエーションを実現させるようなトレーニングが重要になってくると思うんですが、差し支えない範囲で教えていただくことは可能でしょうか?……
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。