福山シティ監督に聞く、天皇杯・秋田戦の真実【小谷野拓夢×五百蔵容(前編)】
昨年の天皇杯でジャイアントキリングを連発し、6部クラブながら準々決勝進出の快挙を達成した福山シティ。その準々決勝のブラウブリッツ秋田戦で見せたパフォーマンスに、『砕かれたハリルホジッチ・プラン』の著者である五百蔵容氏が感銘を受けたことから、指揮官の小谷野拓夢監督との対談が実現。
前編では、福山が目指すポジショナルプレーの解釈、J3王者・秋田のストロングポイント、そして試合の裏で起きていた興味深い駆け引きを当事者に直撃した。
軍事論から見たポジショナルプレー
――まずは、福山シティ対秋田戦をテーマにお話しさせてください。かなり準備して試合に臨まれたのでしょうか?
小谷野「正直なところ、昨季は分析ができるコーチングスタッフが自分しかいませんでした。なので、秋田戦(12月23日)の前に福井戦(12月20日)がありましたけど、福井戦に臨む準備をしながら同時進行で秋田戦はできませんから、準備期間としては福井戦が20日の15時に終わってから中2日だけでしたね。ほとんど寝られなかったです」
――移動の時間もありますし、練習時間も限られますよね。
小谷野「そうですね。得点の6割がセットプレーというデータが出ていましたし、秋田さんは本当にセットプレーが強いので。そこをどう対策するか、CK、FK、ロングスローをいつもより時間をかけて徹底的にやりました。うちに対してロングスローをやってきたチームはこれまでなかったので、初めての対応でした。試合でロングスローからの失点はありませんでしたが、重要なキーファクターと捉えて準備しました」
五百蔵「むしろ秋田の方が福山シティを分析している印象がありました」
――今回の対談は五百蔵さんが秋田戦に感銘を受けたことがきっかけですが、具体的にどういう部分が気になりました?
五百蔵「まず福山シティに対しての感想ですが、フルマッチで見たのは秋田戦が初めてで、それ以前の天皇杯の試合はハイライトしか手に入らなかったのですが、正直ハイライトを見ているだけでも、ビルドアップは相当洗練されているなと感じました。特に凄いと思ったのは、ただ単にポジショナルプレーの配置的優位をうまくやっているだけではなくて、J1やJ2のポジショナルプレーをやっているクラブでも苦労する個々の選手のコーディネーション、必要なボールの持ち方や体の使い方がかなりできていて、ビルドアップが想定通りにスムーズにいっているという印象を受けました。逆に明らかにビルドアップに優れたチームなので、秋田はそこをとにかく消しにくるだろうなと。
話は少し逸れますけど、僕が今書いている本に関連するのですが、ナポレオンはポジショナルプレーを軍事史上初めて具体化した人でした。ナポレオンの軍隊の強みは、相手が間に合わないような決戦場になる場所への集結が相手より速く、多くの部隊が間に合うこと。逆に負けた戦いは数回しかないんですけれど、ナポレオン側が決戦場に集結するのが間に合わなかった時には負けている。ポジショナルプレーを成功させた時は勝って、成功しなかった時は負けているんですね」
――そのナポレオンの戦い方がどうポジショナルプレーに結びつくのでしょうか?
五百蔵「ナポレオンは想定される戦域に、どんな状況でも対応できるような形で自分たちの軍勢を散開させておくのですが、当時ポジションプレーの概念がない相手からすると、ナポレオンの軍勢というのはバラバラに配置されているから自分たちが有利だと映るんです。戦いというのは戦力を集中した方が強いから、自分たちの方がナポレオンの分散した軍隊より強いはずだという前提で相手は動く。でも実はそうではなくて、ナポレオン側の軍隊は戦場の条件がどう変わっても状況に合わせてどこにでも集まれるし、どこにでも戻れる仕組みを最初から持って戦っているんです。想定戦場が刻一刻と変わっていく状況に対して、ナポレオン軍の方が相手より常に早く集まれる状況を作っていて、自分たちが集まれるところに相手を誘導して勝つのが彼のやり方でした。これは完全にポジショナルプレーの考え方なんですね」
小谷野「ナポレオンはなぜそれが可能だったのでしょう?」
五百蔵「前提になっているのが、分散した一つひとつの部隊が自分たちで意思決定できるような機能・性能を最初から備えているということです。たとえ瞬間的に孤立した状態になっても、相手に倒されてしまわないで持ちこたえることができる。決められた戦域の中で、自分たちの判断で動くことができる部隊がそろっていることが重要で、これはサッカーに置き換えてもポジショナルプレーが成功するための要因になります。選手が、相互支援がすぐにできない状況であっても全体の変化に対して柔軟に対処できる。柔軟に集まったり散開したりできるというのが良さなんですけど、そのためには瞬間的には選手が孤立しないといけない」
――そこで福山シティの個々の選手のコーディネーションや体の向き、ボールの持ち方の話につながってくるんですね(笑)。
五百蔵「はい(笑)。前置きが長くなりましたけど、孤立しているところに相手が攻めてきた時に、その部隊あるいは選手が負けないでプレーできる、一瞬でもいいからボールを失わないでいられるかがすごく重要なんですけど、秋田はそこを狙ってくるだろうなと。福山シティくらいきれいなポジショナルプレーをやるチームに対して『ここで選手が孤立するから奪っちゃえ』ということを秋田が計画して実行できたら対ポジショナルプレーという意味でポジティブですし、逆に福山シティがそれに対して対抗できたら日本発のポジショナルプレーとして価値がある。
結果としては、秋田が相当に福山シティの特徴やウィークポイントをよく分析してチームに落とし込んでいて、前半はそれで小谷野監督もかなり苦労されていたんじゃないかなと。ただ前半の30分を超えたあたりから、福山シティも秋田がやってきていることを認識したのか、対策の裏をかき始めていた。前半の終盤から後半は割りと攻めることができていたと思います。ここが良かったなと思いました」
小谷野「めちゃくちゃ勉強になりますね」
五百蔵「こちらこそ勉強させていただきました。すごくいい試合だったと思います」
小谷野「ポジショナルプレーについて、軍事的な目線からはちょっと話ができないんですけれども、話を聞いていてわかるなと思ったのが、部分最適から全体最適にうまくつなげるところですね。ここはものすごく自分も心がけているところで、先ほどおっしゃられたように選手個々が1つの局面、ある部分で我慢するから、その我慢が一気に全体最適につながる。そういう仕組みを意識しています。団子サッカーというと極端ですけど、部分的に人が集まって、ゴールを奪ったりボールを前進させることにつながっていないようなサッカーは非効率だなと思っていましたが、そういうふうにポジショナルプレーというのが軍事的にも説明できるんですね」
五百蔵「サッカーだけではなくて、戦争のように集団と集団がぶつかり合ってどっちが勝つか、ということを人類が始めた段階から積み重ねられてきた、こうやったらうまくいく/いかないみたいなものを総括したような内容なんですよ。そういった集団戦や戦争を抽象化したような姿であるいろんなボールゲームに、軍事の考え方が影響を与えているという流れはあると思います。だからナポレオンや今のアメリカ軍のやり方というのはすごくポジショナルプレーに似ていて、同じ空間と時間を共有している2つの集団が戦う時、どう攻めれば優位を得ながら戦えるかという、人類が考えてきたことが反映されている。僕から見たら秋田戦はそれがすごくできていて、これは面白いなと思って見ていましたね」
秋田に消された「外→内」のパスルート
――秋田戦に話を戻すと、小谷野監督はセットプレーを集中的に対策したとのことですが。……
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。