悲劇からの生還者アラン・ルシェウ、シャペコエンセからの旅立ち
2021シーズンに向けて、ブラジル・ミナスジェライス州のクラブ、クルゼイロが、シャペコエンセから左SBのアラン・ルシェウを獲得したことを発表した。
シャペコエンセは2016年11月29日、チームを乗せたチャーター機が墜落し、乗客・乗務員71人が亡くなるという大きな悲劇を経験したクラブだ。
優勝チームから11位のチームへ
アトレティコ・ナシオナルとのコパ・スダメリカーナ決勝を戦うため、コロンビアへ遠征した際のこと。生還したわずか6人のうち、選手は3人。その中で唯一、プレーに復帰できたのがアランだった。
墜落時のケガで右脚切断を余儀なくされ、その後はクラブの親善大使として活躍する元GKジャキソン・フォウマン。復帰を目指して3年間、手術とリハビリを繰り返したものの、最終的に引退となり、クラブ役員として支える側に回った元CBのネット。そしてアラン。
克服と希望の象徴である生還者3人の中からアランが去ったことは、クラブや本拠地シャペコの市民たちに歴史の節目を感じさせている。
クルゼイロとシャペコエンセは両チームとも、2020シーズンはブラジル全国選手権2部を戦い、1年での1部復帰を目指した。そして、アランが戦ったシャペコエンセはそれを実現した。
31歳の彼は、若い選手の多いチームでキャプテンを務め、全国選手権2部とサンタカタリーナ州選手権、2冠の原動力となった。
ただ、契約満了のタイミングとなり、クラブが功労者に対して提示したのは1年間の更新だった。
一方、クルゼイロは20チーム中11位に留まり、2021年も再び1部復帰を目標にして戦うことになった。そして、やはり若手が多いチームであるため、アランの経験やリーダーシップが大いに期待されている。
奇跡の生還から希望の存在に
クルゼイロサポーターは歓迎ムードでいっぱいだ。一方、シャペコエンセサポーターからも「今までありがとう」「新たな挑戦を応援している」という声は大きいものの「せっかく1部昇格を果たしたのに、2部のクラブへ行くなんて」という疑問の声もあった。
当初、やはり1部昇格を果たしたばかりのアメリカ・ミネイロも獲得交渉をしていたが、最終的には決め手となったのは、金銭面以上に、クルゼイロが提示した2年間という契約期間だったと報道されている。
アラン本人は「クルゼイロはビッグクラブ。ここへ来ることは僕自分の経歴における大きな一歩だ」と決断の理由を語った。
墜落の悲劇の際、アランは四肢麻痺になる可能性もあったという。救出のされ方やその直後の治療など、すべてが奇跡の積み重ねのような形で回復に繋がったと、当時、医師が言っていた。
そして回復し始めると、アラン自身はどれほどの痛みや苦しみを乗り越えたかよりも、ポジティブな言葉を語るのを好んだ。
「医師は『歩けるようにはなる』と言ってくれたけど、プレーに戻れるかは保証しなかった。もしサッカーができないとしても、生きていられること、それだけですでに大きな感謝しかない」
「でも、最初に歩き始めた時から、僕の最大の目標はプレーに戻ることだった。努力と冷静さ、そして忍耐で、この2度目のチャンスに向けて戦えることに感謝している」
本拠地シャペコの市民たちは彼を応援し続けた。それと同時に、彼もまた1人の生還者として、人々に希望を与える責任を背負ってきた。
「人々が僕ら生還者から何らかのインスピレーションを得たいと考えるのは、愛情から来るものだし、それを重いとは思わない。今、僕はここいられる幸せをみんなに伝えたいんだ」
リーダーとして大きく貢献
2017年8月、親善試合バルセロナ戦でついに復帰を果たした時は、周囲への感謝とともに「これからは1人の選手としてシャペコエンセを手助けしたい」と語っていた。
その後、2019年にはゴイアスへの半年間のレンタル移籍も経験した。「違う場所で呼吸することが必要だった。そして、プレーできることが誰かの同情や、シャペコエンセの好意によるものではないことを、自分自身に対して証明したかった」と語り、そこでゴールを決めるなど、思いを形にした。
そうやって苦悩や喜び、すべての経験を糧にシャペコエンセへと復帰した2020年、チームのリーダーとして、まさに1人の選手以上の貢献をしたのだ。
今回の移籍にあたり、生還者としてともに戦い、深い友情を築いてきたネットがこんな言葉を贈っていた。
「君が生まれ変わり、再スタートを切るのを見た。君が2度目の夢を実現するのを見た。そして、それはおそらく1度目の夢よりも大きく、象徴的なものだった」
同じく、ジャキソン・フォウマンもこう語っていた。
「始まり、再始動、落ち込み、そして復活。シャペコエンセのシャツを着た君のストーリーを定義するのに、“無限”以上の言葉はないだろう」
苦しみや感動で何度も涙を見せてきたアランは、その戦いの中でも忘れることのなかった気さくな笑顔で、クルゼイロの本拠地ベロ・オリゾンテに降り立つと、自身のSNS上にこう書き込んだ。
「人生とは、挑戦と新たなスタートから成り立っている。大きな誇りとともに、情熱的なサポーターのみんなに喜びをもたらすため、ベストを尽くすつもりだ」
Photo: Kiyomi Fujiwara, Marcio Cunha/ACF, Bruno Haddad/Cruzeiro
Profile
藤原 清美
2001年、リオデジャネイロに拠点を移し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材活動。特にサッカーではブラジル代表チームや選手の取材で世界中を飛び回り、日本とブラジル両国のTV・執筆等で成果を発表している。W杯6大会取材。著書に『セレソン 人生の勝者たち 「最強集団」から学ぶ15の言葉』(ソル・メディア)『感動!ブラジルサッカー』(講談社現代新書)。YouTube『Planeta Kiyomi』も運営中。