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一流選手に必要な「スポーツビジョン」。周辺視野を鍛える脳科学的トレーニングとは?

2020.12.26

近年、サッカー界でキーワードの一つとなっている「認知」。その研究を日本で進めているのが、アビスパ福岡と共同研究契約を結ぶ「BASラボ」だ。最新の科学的知見をプロの現場に持ち込む研究機関に、目から認知を鍛える脳科学的アプローチについて話を聞いた。

一流と二流を分ける「深視力」


――まずは読者に向けて御法人をご紹介いただけますか?

磯貝「九州産業大学で教授としてスポーツ心理学を研究している磯貝です。以前から長年研究を進める中で、その成果を現場の選手や指導者に還元していきたいという想いがあり、2015年4月に当時准教授を務めていた九州工業大学で他の研究者とともに立ち上げたのが、行動評価システム研究所、通称『BASラボ』です」

斉藤「BASラボで主任研究員を務めている斉藤です。事業内容としては『スポーツビジョン測定・トレーニング』などを行っており、アスリートの目を強化するために、スポーツビジョン診断による目の評価や、特殊なテクノロジーを使った目のトレーニングの提案など行っています」


――目に注目されているんですね。スポーツビジョンとは何でしょうか?

磯貝「アスリートに必要な見る力ですね。一般的にはスポーツで重要な目の機能として動体視力が挙げられますが、実は2種類あります。まっすぐ近づいてくる目標を見る『縦動体視力』と横に移動する目標を見る『横動体視力』です」

斉藤「それ以外にもスポーツに必要な目の機能はたくさんあります。止まっている目標を見る『静止視力』、まっすぐ近づいている目標を見る『縦動体視力』、明暗を識別する『コントラスト感度』、前後の距離の差を感じる『深視力』、見えたものを一瞬のうちに入力する『瞬間視力』、静止した目標間に視線を移す『眼球運動』、目で捉えた目標に手で反応する『眼と手の協応動作』。これら計8項目が『スポーツビジョン』で、すべてを同時に測定できる機関は全国で2カ所しかありません。その一つが磯貝先生の在籍している九州産業大学となります。現在までBASラボでは、トップレベルから小学生まで数多くのアスリートの目の機能を評価し、測定データを蓄積しています」


――データからは、どのようなことがわかっているのでしょうか?

磯貝「実際にスポーツビジョンと競技力には相関関係があります。公式戦の出場頻度が高い順にアスリートを3つのクラスに分けると、上位のクラスほど8項目すべての数値が高いことが判明しました。特に差が大きかったのは深視力で、例えば野球でも、バッターはピッチャーの投げたボールと自分の間にある距離感を正確に把握できなければ、バットにボールを当てられません。サッカーでも相手や味方との位置関係を正確に把握できなければ、パスを繋ぐことはできませんよね。そうして遠近感や立体感を正しく測る深視力に加え、一般的には視力として認識されている静止視力も非常に重要です。どの競技でも静止視力が低いとパフォーマンスが低下する傾向にあり、1.2の視力値が一つの目安になることが判明しています」


――よくサッカー選手が話す言葉に「ピッチを俯瞰する」という表現がありますが、それは深視力の高さを示しているのかもしれませんね。サッカーに話題を絞ると、他の競技と比べて競技人数が多かったり、状況変化が激しかったりするので、近年は認知や判断を鍛えるトレーニングに注目が集まっています。そこでも目の機能が重要な役割を果たしているのでしょうか?

磯貝「人間の行動は、大きく分けて3つのフェーズで成立しています。まず感覚器から情報を取り入れ、次に情報を脳という中枢神経系で処理し、最後に指令を筋肉などの効果器に伝えている。そこで重要な役割を果たすのが目です。最初に体の外から得る情報全体のうち80%が目から入ってきているんですね。その機能が低いと得られる情報の量が少なかったり質が低かったりするので、その後の判断や行動に悪影響を及ぼしてしまう」

斉藤「ただ、現場では十分なパフォーマンスが発揮できない原因として、フィジカルや技術が挙げられることが多く、目そのものに問題がある可能性が見逃されがちです。研究でもよく見えていない状態で練習を続けると、技術の習得スピードが遅くなることが証明されています。でも、実際に選手の目がよく見えているのかどうかは指導者にはわかりません。選手自身でも少しずつ視力が下がっていて自覚できないことがある。もちろん視力検査で静止視力は測れますが、実際のスポーツの場面では様々な外的要因が絡んでくるので、他の項目も調べなくてはいけません。例えば、空が曇っている時にプレーする場合もありますよね。薄暗い中で明暗の差が見分けづらければ、静止視力ではなくコントラスト感度が低い可能性もある。きちんと目の機能を数値化して自分の特性や長所、短所を知らなくてはいけません」

マンチェスターUも活用する「ニューロトラッカー」


――そうした目の機能は改善できるのでしょうか?

斉藤「スポーツビジョンには鍛えられる機能と鍛えられない機能があります。静止視力、縦動体視力、コントラスト感度、深視力の4項目は鍛えられず、むしろ10歳から12歳をピークに下がっていくと言われています。つまり、鍛えられるのは瞬間視力、横動体視力、眼球運動、眼と手の協応動作の4項目のみなんですね。それらは目の運動に関係しているので、目を繰り返し動かすトレーニングで改善できます」

磯貝「だから目が正しく機能しているうちに、正しい目の使い方を習得するのが重要です。特にサッカーは、敵陣で攻めていた数秒後ボールを奪われてカウンターアタックを浴びることもあるように、瞬時に状況が変わりますよね。どれだけ目の機能が優れていても一瞬ですべてを認知することはできないので、いつ、どこをどうやって見るのかを学ばなくてはなりません」

斉藤「サッカーでは、ボールだけではなく味方や相手の位置まで複数の動きを正確に把握しなければいけませんからね。複雑に絡み合う対象を目で追跡する場面が多数存在します」

磯貝「一例ですがセンタリングが上がった時は、ゴール前は敵も味方も混雑している状況ですよね。ボールに焦点を当てながら周辺視野で敵と味方を見分けたり、彼らの位置や動きを見極めなければなりません」


――アーセナルで活躍した元フランス代表FW(ティエリ・)アンリが同じような話をしていて、周辺視野で相手の動きを見ながら「ボールが来ている間に『何ができるか』をイメージする。頭の中にないプレーは実行に移せない」と語っていましたね。

 あと、マンチェスター・シティの(ケビン・)デ・ブルイネが数年前に英『Sky Sports』の番組で自身のアシストを振り返っていましたが、ダイレクトで浮き球をロングスルーパスに変えたシーンを回想して「はっきりと見えていたわけではないが、受け手が走り出す様子は認知していた」と明かしていました。こうした発言を踏まえると、彼らのような世界トップレベルの選手たちも周辺視野を使う術に長けているんじゃないかと。

19-20シーズン、プレミアリーグで20ゴールを演出したデ・ブルイネ。アンリが持つ年間最多アシスト記録に並んだ

斉藤「特にプレミアリーグやJリーグなど競技レベルが高くなると、追跡する対象の移動速度は格段に速くなる。だから、視野内を移動する複数の対象を追跡するスキル、いわゆるMOT(Multiple Object Tracking)スキルを向上させることが重要ですね」

磯貝「世界ではすでにその研究が進んでおり、20年にわたって脳神経科学を研究されていたモントリオール大学のジョセリン・フォーベル教授が、MOTスキルを鍛えるトレーニングのとして『ニューロトラッカー』を開発しました。5年前に彼が来日した際、会う機会があって直接紹介してくださいましたね」


――ニューロトラッカーというのは、どのようなトレーニング方法なのでしょう?

斉藤「ニューロトラッカーは、3D空間で移動する8つの球のうち4つの球を追跡する課題です。各球に1から8までの番号が振られ、最初に指定された赤色球4つの番号を回答すると、正答がフィードバックされます。正解すると球の移動速度は加速、不正解だと減速するようプログラムされており、合計20回を1回のトレーニングで 実施して正答率から速度の推定を行いスコアを算出していきます」

ニューロトラッカーのトレーニング風景。3Dゴーグルに映る球8つの中から赤色球4つの動きを追い続け、各赤色球に割り振られていた番号を答えなければならない

磯貝「世界では脳神経科学だけでなく、精神物理学や認知心理学の研究にもニューロトラッカーが使われていて、注意力の向上、感情のコントロール、判断力の向上、記憶力の向上、脳の活性化などの効果が確認されています。子供に限らず大人にも効果的で、プロスポーツ選手は最初の15回でMOTスキルが平均50%向上することが報告されていますね。実際のパフォーマンスにも効果は現れていて、プロサッカー選手9人にニューロトラッカーのトレーニングを実施した結果、パス精度などが向上したという研究結果もあり、すでに世界の現場に浸透し始めていて1000以上のスポーツ団体が使っています。サッカーチームでは、マンチェスター・ユナイテッドも使用していることで有名です。ただ、日本ではまだ研究や活用が進んでいないのが現状なので、今年から私たちがアビスパ福岡と共同でニューロトラッカーを使いながら研究を始めています」

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Hirohisa ISOGAI
磯貝浩久
(行動評価システム研究所代表理事/九州産業大学教授)

大学研究により長年蓄積されてきたスポーツ心理学、視覚認知機能などの研究成果をスポーツ競技の現場にフィードバックするため2015年に研究事業機関(一社)行動評価システム研究所を設立。スマホなどのデジタルデバイスを使って日常生活でメンタルトレーニングを実践できる「メントレアプリ」の開発のほか、九州産業大学キャンパス内には西日本唯一となるスポーツビジョン測定施設を完備。競技成績に深い相関がある最新の脳トレーニング「ニューロトラッカー」研究も実践。アビスパ福岡との共同研究など、幅広いアスリートサポートを展開している。専攻分野はスポーツ心理学、行動認知心理学、スポーツの社会心理学的研究、スポーツ活動の行動認知心理学的研究など。

Yoshiko SAITO
斉藤嘉子(行動評価システム研究所主任研究員)

福岡大学体学部運動生理学研究室にて、「ニコニコペースジョギング」発案者の故田中宏暁教授の下で、ニコニコペースの身体効果の生理的機序及び有酸素能力への影響を中心に、運動と代謝、内分泌機能などの研究に従事。その後、NPO法人に所属し、児童のメンタルケアを促進するために必要な、保育計画の整理保育環境の整備を行い、実践的なプログラムを作成して効果を検証。2015年に行動評価システム研究所に入所し「メントレアプリ」の開発にも携わり、メンタル状況を可視化してアドバイスを行っている。現在は主に「スポーツビジョン測定」や「ニューロトラッカー」を用い、選手のパフィーマンスの向上とその評価方法について研究している。

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Photos: Getty Images, Behavior Assessment Systems Laboratory

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Profile

足立 真俊

1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista

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