森保ジャパンの「評価軸」を求めて〜2022W杯アジア2次予選から〜
五百蔵容の日本代表テクニカルレポート
9月からスタートした2022年W杯カタール大会/2023年アジアカップ中国大会アジア予選で3戦3勝と、まずはつまずきなく大舞台への第一歩を踏み出した日本代表。就任から1年、これまでの道程、そして失敗の許されない真剣勝負を通して見えてきた、森保一監督率いるチームの姿とは。
『砕かれたハリルホジッチ・プラン』『サムライブルーの勝利と敗北』の著者であり、昨年10月のパナマ、ウルグアイとの強化試合をレビューしてもらった五百蔵容氏に、包括的な分析をお願いした。
森保一監督率いるサッカー男子日本代表は現在、2022年のカタールワールドカップに向けたアジア2次予選を戦っています。ピッチ内における選手たちの判断を大切にする「プレーヤーファースト」の考えを含む「Japan’s Way」を標榜する日本サッカー協会(JFA)と日本代表ですが、コスタリカ戦、パナマ戦を経てウルグアイを撃破した緒戦の親善試合から、アジアカップ、コパ・アメリカを経て、ワールドカップ本大会へ向けたその強化はどのように進捗しているのでしょうか。大戦略からピッチ内まで、観戦者側から現在見て取れる状況をピックアップし、概観してみたいと思います。
大戦略と運営:「下方修正」されてきたマイルストーン、曖昧な評価軸
JFAは、「JFAの約束2050」として「(2050年に)FIFAワールドカップを日本で開催し、日本代表チームはその大会で優勝チームになる」という目標を掲げています。少なくとも「代表チームの強化」としては「2050年自国開催のワールドカップで優勝する」という目標を公に、明確にしています。これを大きな戦略的な枠組みとしてすべての施策が構想・実施されているでしょうし、現在の日本代表にとっての最も大きな評価軸となっていると思われます。
ただ、実際にこれまで示されてきたロードマップを振り返ってみると、大戦略に基づく評価軸というものがやや曖昧なのではないかと思われる節があります。折々の達成目標であり、進捗評価の重要な根拠となるマイルストーン――2050年までに参加するワールドカップ各大会での成績――を確認してみましょう。「2050年に優勝」という目標が打ち出された2005年以降の大会をピックアップします。
2006年 ドイツ大会 GS敗退
2010年 南アフリカ大会 ベスト16
2014年 ブラジル大会 GS敗退
2018年 ロシア大会 ベスト16
目標が明示されていない・明確なものの確認が難しい年次もあります。例えば2010年南アフリカ大会は「ベスト4を目指す」と公言されていましたが、これは高いレベルへの挑戦を掲げることでチームの目線をそろえ強化を効率化するための「方便」だったということが岡田武史監督(当時)の口から語られています。2014年には「目標は優勝」と一部選手が語っていましたが、これも2010年と同じくチームの意識を高く持つためのメンタルコントロールの意味が強いものだったと思われます。
とはいえ、2006年ドイツ大会は少なくともGS突破は最低限の目標だったでしょう。ブラジル大会は前回大会のベスト16越え(ベスト8)が目指されていたのは明らかでしょうし、ロシア大会はスポンサーサイドからも「ベスト8が目標」と語られていました(筆者の取材でも、ベスト8進出が明確に目標とされていたことを確認しています)。
要するに2005年以降、達成目標がクリアされたのは2010年南アフリカ大会のみで、他3大会ではすべて目標未達、マイルストーンは実質下方修正され続けてきたと言えます。
奇妙なのは、ロードマップ上の達成目標未達が常態となっているのにもかかわらず、2050年に向かうタイムスケジュールや、大目標そのものに修正がなされていないことです。複数のマイルストーンがクリアできていないのですから、通常であればスケジュールの後ろ倒し(2050年以降に目標をズラす)や、目標達成までの「時間短縮」を可能とする「やり方の変更」が必要となります。ですが、最終目標は動かされず、新たなアクションプランは存在するものの従来のやり方との違い、より有効になっている――2050年へ残された時間がどんどん失われていく中、時間短縮が可能と信じられる――根拠が明確にされているとは言いがたい状況です。もっとも大きなレベルでの戦略的な枠組みそのものが具体性に欠け、曖昧な状態にあるように思えます。
一方ピッチ上に目を向けると、以下の方向性がうかがわれます。
●戦略的・戦術的な準備は行うが、チームへの仕込みは抑制しつつ選手の自主性を可能な限り尊重しながら戦っていくことで個々の選手・チームの成長を促す
これ自体インサイドワークに属する方向性で、内部に入って直接見聞しない限り、本当にそうなのかは明らかにしづらいものです。その点も含め、チーム強化の進捗度が明瞭には表れづらく、どういう状態であれば前に進めているのか、停滞しているのか、そういった評価軸そのものが曖昧になりやすいコンセプトメイクがなされていると思えます。
現在の日本代表の評価軸は、大戦略面での構造・経緯といったマクロ面、チーム運営の方向性といったミクロ面ともに、少なくとも外部からは曖昧に見えます。
ただ、だからこそ受け手側としても、実際の試合から得られる戦略的・戦術的情報が乏しく曖昧だから森保一監督の日本代表は跡付けしづらいという地点に安住せず、得られる情報から方向性のある仮説を立て、仮説的であれ筋の通った検証を進めていく必要があると感じます。
チームとしての戦略・戦術:2つの仮想指標
筆者はサンフレッチェ広島時代から森保監督の仕事を折に触れ検分してきました。広島では以下の大方針の2本立てで、チームの(選手の)継続的な成長を結果の獲得を両立してきました。
●チームとしての原則の明確化
●試合ごとの分析はしっかり行うが、選手への情報の伝達濃度は試合ごとに調整し選手のピッチ上での判断にある程度委任する
森保監督の日本代表を見る上でも、この2本立てでチームを継続的に強化しようとしているのでは?という視点を持つことは有効なのではと思われます。そしてその2本立てが試合ごとにどのように読み取れるか(特に後者)をしっかり見ていき、跡付けていく、跡付けできる情報を蓄積していくというやり方が求められるのではないでしょうか。
1つ目の「チームとしての原則の明確化」については、山口遼氏が分析し取りまとめている「日本代表のゲームモデル」が現状リファレンスとなります。
2つ目の「選手の判断への委任」(以下、委任戦術と記します)は、試合ごとに個別に見ていく必要があります。
例えばアジアカップでは、明らかに試合前の準備、選手たちに落とし込んでいる分析・作戦・戦術に濃度の違いがありました。
GS初戦のトルクメニスタン戦では、相手が3バック(5バック)で来るということは事前に分析・予想可能だったにもかかわらず、敵手に対応する戦術練習やスカウティング情報の落とし込みがほぼなされておらず、相手のフォーメーションややり方を試合が始まってから確認して対応を試行錯誤していたのは、前半の日本代表選手たちのプレーを見る限り明らかでした。
と思えば、準決勝のイラン戦では強力な縦方向のプレッシングからリズムをつかむ相手を背走させる戦略を設定し、ビルドアップルートも特定。不得意なビルドアップルートを選択させて的確なプレッシングからの効果的な攻撃を繰り出し、キーマンのアズムンもプレーパターンを分析し尽くして完全に押さえ、完勝しました。
しかしながら決勝ではうってかわって、3バックのポジショナルプレーを採用するカタール代表に対し、前線のプレッシングは3バックへの対応に手間取り、ハーフスペースを活用するビルドアップパターンに対しても無策と評する他ない状態(実際にそこから失点を重ねました)。選手の証言からも、そういった主だった敵手に対しピッチ内で確認・判断・話し合いと共有を行っていたこと、勝敗を決する上ではその「自主性の尊重」がうまく働かなかったことがうかがえる内容と結果でした。
対戦相手の事前分析と実際の試合内容を照らし合わせる限り、こういった「試合によって異なる戦術的・作戦的準備の濃度」という特徴はコパ・アメリカでも同様に明らかでした。
である以上、試合ごとの内容・結果から森保監督をはじめとした日本代表スタッフが「有能」なのか「無能」なのかという視点で分析評価するのではなく、その濃度の調整そのものに意図があると見るべき、そういった仮説を持つべきではと考えられます。その意図がどういう連続性を描いているか、そこに意味、意義はあるのか、実際にチームは成長しているのか、については、ことの性格上、ある程度情報が蓄積されないと読み取れないでしょうし跡付けできないでしょう。けれども、赤いものを「青くない」と言って批判しても詮ないことです。そのような方法が採られている可能性が高い以上、そこから想定される・期待されるものに即した評価軸から見なければ、実態から離れてしまうのではないかと思えます。
そういった視点から、モンゴル代表戦、タジキスタン代表戦を分析・評価してみます。
モンゴル代表戦
モンゴル代表は、[4-1-4-1]([4-5-1])の布陣をとり、ゾーンセットからのマンマーク要素の強い守備を行います。ポジションやエリアを捨ててでも人に強くいくことが求められているようですが、プレッシング時のポジショニングバランス維持の意識は弱く、セットDFでもゾーンセットのスライドとマンマーク移行の整理がついておらず、インサイドMFとサイドMFが被ってしまい内側のスペースを放置してしまうなど、カバーリングが非常にしづらい無秩序な状態に容易に陥ります。自分たちのアクションで相手にスペースを与えてしまうタイプのチームです。
攻撃はそういった未組織状態なプレッシングからのショートカウンター、ロングボールで敵陣に入ってからの(やはり未組織な)プレッシングからのショートカウンターが基本線。
DFラインの質にも問題を抱えています。やはりゾーンセットとマンツーの切り替えの未整理から個々の判断が悪くボールウォッチしがちで、CB、SB両サイドともに、セットしていても相手に簡単に間に入られたり、クロス守備時に前に入られたりします。人への対応については、左SB、CBに特に問題を抱えています。
本稿で仮説する指標に従えば、以下の対応が試合開始からオートマティックに見られるか、それとも徐々に対応が形成されていくかどうか、対応の質はどうか、といったところがポイントとなります。
●自ら動いてスペースを空ける相手を、狙いをもって動かしスペースメイクできるか
●日本陣内でカウンターの起点を作らせないようプレーできるか
●DFラインの質的な問題、脆弱性をチームとしての意図を持って突けるか
実際の試合では、モンゴルは自陣に引き切って中央を締め、「守備時に無秩序に動いても空けてしまうスペースが最小化できる=欠点を隠しやすい」という戦況を作為してきました。それに対して日本は、ボールポゼッションから空きやすいワイドのスペースを狙い、もっとも脆弱なモンゴル左サイドを執拗に狙って突破。警戒の緩いSBとCB間、CB間や大外に入り込んでクロスを叩き込むという、モンゴル対策としては明確なものを試合開始直後から見せ、対策通りに加点し守備し切りました。
タジキスタン代表戦
タジキスタン代表は、[4-1-4-1]のポジショナルプレーを採用しています。後方からビルドアップを行い、アンカーからワイド(SB、ウイング)もしくは縦(インサイドMF、CF)への配球を見せ金に、SB経由のワイド〜ハーフスペースを用いたビルドアップとの組み合わせで2択3択を仕掛け、相手を動かそうとします。
アタッキングサードへの侵入まではかなり組織化されていますが、フィニッシュに質的な問題を抱えており、サイドやハーフスペースを突破しても上背のあるCFへのクロスしか主要なフィニッシュワークがなく、DFラインが一定の水準にあるチームであればバイタルエリアまで入り込まれても対応は容易でしょう。
ポジショニングバランスを多局面で維持可能な戦術をとっており、トランジションも組織化もされているので、カウンタープレスや相手のビルドアップルートのポイントへのプレッシングも効果的に行えます。
DFラインに関しては、フィジカルがありモンゴルよりも相当程度組織化されていて、危険な局面でゾーンセットをブレイクして人を抑えにいく判断も比較的きちんとしています。ただ、左SB・CBがタスク過多か、個人能力の不足かいずれかの理由でプレーが不安定で手薄になる傾向が見られます。
そういったタジキスタンに対して本稿の仮説的指標から見たポイントは以下。
●組織的なチームなので、日本に対して明確な戦術的対策を打ってくる可能性が高い。相手のやり方([4-1-4-1]のポジショナルプレー)から想定される日本対策に的確に対応できるか
●相手のビルドアップルートは事前に特定できるので、的確に消せるか
●DFライン、特にタジキスタンの左サイドの問題を突けるか
実際の試合では、日本代表は[4-1-4-1]のインサイドMFが積極的に前に出てくる裏を使い、相手のアンカー周辺のスペースを狙うなど [4-1-4-1] 対策の定石をまず打っています。けれども、タジキスタンはそれを見越した対策を打ち出してきました。インサイドMF裏、アンカー周辺のスペースはタジキスタン側から見るとCB・SB・インサイドMFで包囲できるエリアであるため、そこに日本を誘い込んでボールを奪いカウンターする、というものです。日本はその位置にワイドの中島翔哉・堂安律を絞らせていましたが、特に足下でもらいたがる中島は狙われており、しばしば被カウンターの起点になっていました。
この狙いに対し、日本は攻撃面では、網が張られているインサイドを避けてサイド経由でビルドアップしたり、ロングボールでDFラインを下げさせミドルゾーンを広げスペースを得に行く、アンカーシステムであれば相手SBやサイドMFのポジションを下げさせることで得やすいフリーでのアーリークロスを狙う、など多彩な試行錯誤を見せました。一方、タジキスタンの狙うインサイドからのカウンターに対してはうまくカウンタープレスをかけられず、BOX内やBOX付近まで持ち込まれてピンチに陥るシーンが前半は多く、そのうち1回はGK権田修一の好セーブがなければ危うかったという決定機でした。
ハーフタイムでチームとして明示的に修正した後の後半は盛り返すことができましたが、前半は総じてタジキスタンの日本対策によって後手に回らされたと見えます。
どう評価するか?
モンゴル戦に関しては、日程の関係からこの試合に向けて日本代表は戦術練習に1日しか割けなかったという状況を加味すると、最低限の情報を落とし込んだ上で選手たちで判断してゲームメイクを行った蓋然性が高いように見えます。委任戦術コンセプト的には、この試合に関してはその「最低限の情報」がどの程度の濃度だったのかが気になるところです。相手との力関係、明白過ぎる問題点を考えると「対策できて、実行できて当然」と見ることは当然なので、「どの程度の情報から、選手たちがあのような的確なプレーをできたのか」が委任戦術の機能性を計る大きな関心事項となるわけです。
●試合開始からオートマティックにモンゴルの問題点を繰り返し突き、守っていたことから、わずか1日の戦術練習でも微に入り細を穿った準備を落とし込めたモンゴル攻略に要する「最低限の情報」量がそれで落とし込めるものだった
●「こういった特徴の相手だから」程度の最低限の情報が与えられ、選手たちが試合開始前の事前の打ち合わせや試合開始後の状況を見てプレーメイクした
森保ジャパンの委任戦術、指標からすると、後者である方がチームの成長、強化過程としてはより望ましいことになります。わずかな時間、わずかな情報から正しい判断を、素早く選手たちが行えたことになるからです。もちろん内部にいなければ確かなことは言えないわけですが、今後重ねられる試合を同指標から見ていくことで、どちらに寄った形でモンゴル戦に臨んでいたのか、森保ジャパン的に良いプロセスを進めているのかどうかが、うかがいやすくなるかもしれません。
タジキスタン戦については、優先的なゲームプランが見られる前半の試合内容からみて、タジキスタンの基本的なやり方に対する準備(最低限の情報の落とし込み)は行えていたが、そこからの日本対策については「試合が始まってからピッチ内で判断」した蓋然性がかなり高いと思われます。タジキスタンの対策に即した攻撃面での試行錯誤が前半10〜15分あたりから始まっていること、森保ジャパンのゲームモデルであるはずのカウンタープレスがタジキスタンの対策に適応した形では実行できなかったことなどが主な理由です。後半は修正でき0−3でまとめることができましたが、前半は日本の委任戦術が機能したとは言いづらい展開でした。
2試合通じて検討してみると、
●ゲームモデルの面では、タジキスタン戦前半のカウンタープレス機能不全があったとはいえ全体としては維持し安定性は見せた
●委任戦術面では、モンゴル戦では機能し、タジキスタン戦では思うようには機能しなかった
といった総括が可能と思われます。アジアカップの決勝カタール戦を想起すれば、ポジショナルプレーを基盤にプレーし対策してくる相手に対し、日本の委任戦術はまだピッチ内での判断の質やスピードに問題があり、後手に回りがちであると評価することができます。続くW杯アジア2次予選、そして最終予選を通じて、委任戦術の方針を維持したままこの問題が改善していくかどうか、という評価ポイントが明確になった2連戦だったと言えるでしょう。
Photos: Ryo Kubota, JFA/AFLO
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Profile
五百蔵 容
株式会社「セガ」にてゲームプランナー、シナリオライター、ディレクターを経て独立。現在、企画・シナリオ会社(有)スタジオモナド代表取締役社長。ゲームシステム・ストーリーの構造分析の経験から様々な対象を考察、分析、WEB媒体を中心に寄稿している。『砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか?』を星海社新書より上梓。