ポジショナルプレーの連続性を支える「リサイクル旋回」
TACTICAL FRONTIER
サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか? すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。
世界中からトップレベルの指導者を招聘するプレミアリーグの激戦を勝ち抜き、プレミアリーグ連覇を成し遂げたマンチェスター・シティは、ペップ・グアルディオラの掲げるポジショナルプレーという思想を体現したようなチームだった。デ・ブルイネという主軸を欠く窮地に追い込まれても「意識の共有」に成功したチームは十分に組織として機能。過酷な終盤戦を見事に乗り切ったことは、彼らの自信に繋がったに違いない。今回は、18-19シーズンのシティが得意とした「リサイクル旋回」と呼ばれる連動について考察していきたい。
フットサルでも注目される「旋回」
ポジショナルプレーはたびたび「位置的なプレー」と訳され、静的な位置関係をベースとした思想だと誤解されやすいが、実際は有機的な集団の連動を内包した概念だ。彼らは三角形を連続的に創出することを目的としており、「5レーン理論」によって常に動き回る選手の位置関係を整理する。根本的な考え方はシンプルで、三角形を作り出すことを目指す選手たちは縦に並ぶのではなく「斜めの位置関係を保つ」必要がある。つまり、下記の3つのルールが基本となる。
条件❶「1列前の選手が同じレーンに並ぶのは禁止」
条件❷「2 列前の選手は同じレーンでなくてはならない」
条件❸「1列前の選手は適切な距離感を保つために隣のレーンに位置することが望ましい」
選手の認知負荷をコントロールすることが、5レーン理論の重要な目的となる。ポジショナルプレーを志向するチームはシンプルな動きを積み重ねることでパスコースを生み出し、相手の守備組織を破壊していく。グアルディオラのフットボールを信奉する指導者であるスウェーデン人のマッツ・ホスタディウスは積極的に動画分析をSNSに投稿しており、グアルディオラのチームにおける意図的な三角形の連動を「リサイクル旋回」と名づけた。
この「旋回」というワードは偶然にも、フットボール戦術史でも重要視されている。最たる例が、「ブンダーチーム」の異名で知られたオーストリア代表だ。1930年代前半にポジションチェンジを多用する攻撃的なフットボールを披露した彼らのメカニズムは「ダヌビアンの旋回」と呼ばれていた。また、ピッチが狭く、人数が少ないことで戦術的に高度化しているフットサルの世界でも「ヘドンド(旋回)」と呼ばれる攻撃戦術が使われている。流れる水のように連動し、相手の組織にズレを生み出しながら、組織としてのバランスを保つことを可能にする旋回は、狭いスペースを正確にカバーしなければならないフットサルの世界でも重要視されている。
SNSを活用するヨーロッパの若き指導者たちが「リサイクル旋回」に着目した理由として考えられるのは、「明瞭さ」だ。人々が日常的に目にするリサイクルのマーク(下図参照)を戦術用語に転用することによって、選手の理解を促進する効果も期待される。円のように回転するリサイクルのマークと同様に、選手はポジションを入れ替えていく。
最も「リサイクル旋回」を奨励しているのが、ダビド・シルバが統率する左サイドだ。戦術理解力に優れたスペイン人MFは、常に連動のスイッチを入れる役割を果たす。D.シルバがボールを受けに下がってくれば、左ウイングのサネがハーフスペースに移動。サネが内側に入り込めば、SBのジンチェンコが縦にオーバーラップする。左利きのラポルトはボールを持ち上がりながら、旋回的なポジションチェンジを的確に観察。相手がどのコースを塞ぐかを見極め、正確な縦パスを供給していく。最もシンプルなのは、サネが相手のSBを内側へと釣り出し、外のスペースをジンチェンコが使うパターン。相手がサイドを警戒すれば、ハーフスペースに走り込むサネへの縦パスが使いやすい。ボールテクニックに優れ、無駄にボールを失うことが少ないD.シルバは逃げ場としては最適で、2つのパスコースが塞がれている場合は彼にボールを預け、シンプルに次の展開に繋げることも可能だ。昨シーズンの躍進を支えたベルナルド・シルバも、ピッチを広範囲に動き回りながら「リサイクル旋回」を主導するようなプレーを得意としており、常にチームの連動における「起点」となった。
ウェストハム戦の実例
それでは、実際に「リサイクル旋回」を応用した崩しを紹介しよう。18-19プレミアリーグ第28節のウェストハム戦の4分、果敢に攻撃を仕掛けるシティは決定機を作り出す。まずは、右ウイングのマレズと右SBのダニーロ、中盤のデ・ブルイネが三角形の位置関係となる。右サイドでボールを受けたマレズだが、相手はダブルマークで対応。警戒されている状況では、アルジェリア屈指のドリブラーも仕掛けられない。こう着状態を打破するべく、デ・ブルイネがフリーランでハーフスペースを狙う。この仕掛けには、イングランド代表にも選ばれた若手MFライスが反応。マンツーマンで直接的なコースを封じるが、彼のいたスペースが手薄になる。
そこにデ・ブルイネが走り込み、相手は2枚で対応。マレズが該当エリアで数的不利から解き放たれることで、冷静に次の手を考える時間が生まれる。この流れで、右SBのダニーロは「リサイクル旋回」を仕掛ける。彼はデ・ブルイネが生んだスペースに侵入し、マレズからの横パスを受ける。マレズには「ダニーロのポジションに下がることで、バックパスのコースを生み出しつつ、カウンターに備える選択肢」もあったが、攻撃の継続を選択。右サイドに残り、次のプレーに備える。
ボールを受けたダニーロは、デ・ブルイネとマレズの2人と形成していた三角形ではなく、前線から下がりながらボールを引き出すアグエロへのくさびのパスを選択。デ・ブルイネのフリーランによって中盤が釣り出されており、アグエロへのパスコースも塞げていない。サイドに集まってしまった守備陣が中央に絞ろうとするタイミングで、アグエロは右サイドのマレズに展開する。最初の段階では数的不利な状態だったマレズが、アグエロからのパスを受けた局面では「相手選手との距離が離れたことで、時間的な猶予を与えられた状態」になっている。
「リサイクル旋回」に「くさびのボール」を組み合わせることで、相手の守備陣はマークすべき選手を見失ってしまっている。本来はマレズを担当するフレデリックスはデ・ブルイネに足止めされており、アンデルソンは内側に切れ込むダニーロに対処しようと中に絞っている。このようになってしまえば、マレズへの対処が曖昧になってしまうのは必然だ。焦って迎撃に向かうフレデリックスだが、シティの狙いは彼の背後。視野の外から飛び込んだデ・ブルイネがハーフスペースに走り込み、伝家の宝刀「高速クロス」で決定機を創出した。
「粘菌はトライアングルを形成して、養分を移動させていきます。バルセロナのサッカーは幾何学的な意味で言えば、この粘菌にかなり近い」
『サッカーマティクス』(光文社)の著者としても知られる数学者デイビッド・サンプターは、連続的な三角形の形成を粘菌にたとえているが、彼が着目したメカニズムを支えているのが「リサイクル旋回」となる。連動によって相手の組織に綻びが生じれば、連続的に攻略する。ポジショナルプレーにおける「枝葉から末節に向かう」という思想とも共通する「リサイクル旋回」は、選手同士の共通理解によって「最初は存在しなかった優位性」を生み出し、的確に活用することを可能にする。選手の技術と連動によって、「小さなズレ」を積み重ねて「大きなズレ」にしてしまうのだ。ウェストハム戦の例でも、マレズやデ・ブルイネの「位置的優位性」はポジションチェンジとフリーランを連続的に使うことで「積み重ねられた」優位性だ。ピッチ上に無数に生み出される三角形に注目してみると、新たな気づきがあるのかもしれない。
Photo: Getty Images
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Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。