あの時、チェルシー主将の援助がなければ
フランスで開催されているFIFA女子ワールドカップを見ていると、選手たちの所属クラブの豪華さに驚かされる。所属クラブ別で見ると、最も多くの選手を送り出しているのは今季の女子チャンピオンズリーグで初めて決勝に勝ち上がったスペインのバルセロナだ。スペイン代表に10名も送り込んでいるほか、イングランド代表のFWトニ・ドゥガンやナイジェリア代表のFWアシサット・オショアラなどもバルサ所属である。
次に多いのは女子サッカー界の“絶対君主”であるフランスのリヨンで、日本代表の熊谷紗希を筆頭に14名も送り込んでいる。そして3番目に多いのがイングランドのチェルシーである。12名も選ばれており、うち6名がディフェンダーとなっている。ノルウェー代表に至っては両センターバックがチェルシー所属だ。恐らく彼女たちは、“青い英雄”に感謝しながら今大会のピッチに立っているはずだ。少なくとも、イングランド代表のセンターバック、ミリー・ブライト(25歳)はそうだ。
というのも、チェルシーの女子チームが2009年に予算削減を強いられたとき、援助に名乗りを上げたのが、当時男子チームで主将を務めていたジョン・テリーだったのだ。自腹を切って資金を提供したほか、チームメイトからもカンパを募った。以来テリーは女子チームの会長を務めている。そのおかげもあって、今やチェルシーは2シーズン連続で女子CLのベスト4に入る強豪クラブへと成長している。
だからチェルシーFCウィメン所属のブライトは、W杯前のインタビューで家族への感謝に加え、「チェルシーを出た後も女子チームをサポートしてくれている」とテリーへの敬意を口にした。「自分のためだけじゃなく、仲間のため、クラブのためにベストを尽くす選手だった。私はそこに憧れてきた」と彼女は言う。
無論、今なら珍しい話でもない。先日、スウェーデン男子代表のMFジミー・ドゥルマズは、協会から支給されるユーロ予選の出場手当を女子サッカー界に寄付することを表明した。今月オーストラリアでは、女子リーグの最低賃金を男子リーグと同等に設定することが発表された。ニュージーランドも2018年から代表戦の手当てが男女同額になり、女子代表もビジネスクラスで移動できるようになった。
だが、どれもこれも女子サッカー(特に欧州の女子サッカー)の注目度が高まったここ数年の話なのだ。テリーはというと、10年も前から人知れず彼女たちをサポートしてきた。だから許されるだろう。もし彼がイングランド女子代表の成功を自分のことのように喜んだとしても。
テリーはチェルシー時代、自分が欠場した欧州カップ戦の決勝戦で、試合後に上下ユニフォームに着替えて喜び、非難を集めたことがある。そのため、今季テリーがアシスタントコーチを務めるアストンビラが2部リーグの昇格プレーオフを制したときも、彼はメディアから揶揄された。天下の『BBC』が「プレーオフに勝ったがファンは落胆」という記事を掲載し、試合後にテリーがビラのユニフォームに着替えなかったことをファンががっかりしていると皮肉を紹介したのだ。
だが、今度ばかりはテリーにも我が物顔で喜ぶ権利がある。2連勝で早々にグループ突破を決めたイングランドは、1位通過をかけて現地時間19日に日本と対戦し、そのあとは決勝トーナメントに臨む。このまま勝ち上がれば、久しぶりに代表ユニフォーム姿のテリーを拝めるかもしれない。
Photos : Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。