大量レンタル放出も“PR新戦力”獲得も
アブラモビッチ体制で16年目、最初の数年以降はその資金力に依存しない健全経営で収益を上げ続けているチェルシー。主導するのはビジネス畑のやり手たちだ。あとは監督たちを信頼して、ピッチ上でも中・長期的展望を描けるといいのだろうが。
チェルシーは、外国人富豪によるプレミアリーグ勢買収の走り。2003年夏、ロシア人富豪のロマン・アブラモビッチが負債ごと買い取ったクラブは、過去15年間で主要タイトル計15冠という欧州レベルの強豪に成り上がった。
収益力も欧州強豪レベルにある。推定資産が軽く1兆円を超えるオーナーに頼り切った赤字経営は過去の話。昨年末には17-18シーズンの業績として、いずれもクラブ史上最高の4億5000万ポンド(約653億円)近い収益と、6200万ポンド(約90億円)の利益が報告された。続いて発表されたデロイト社の『フットボール・マネーリーグ』でも、世界8位にランクインしている。
その経営戦略を端的に言えば、長期的かつ野心的。計算高いが豪胆でもあったからこそ、若くして巨万の富を築けたはずのオーナーに通じる姿勢だろう。現クラブ役員を見ても、オーナー直々の出席が年に2、3回の重役会議で「要人」と言われる4人は、弁護士が本職のブルース・バック会長をはじめ、アブラモビッチが祖国の石油会社「シブネフチ」の株主だった当時からのビジネス関係者たちだ。
当初、オーナーの個人秘書のような立場でチェルシーにやって来たマリナ・グラノフスカイアは、実に20年来の「側近」。補強の成否は別として、移籍市場を黒字で終えることもある現状は、2013年に役員の肩書きを得る以前からフロント主導の移籍交渉と選手契約に携わっている、このロシア人女性の商談スキルによるところが大きい。舞台裏では「プレミア最大の影響力を持つ女性」と呼ばれる。
米国代表プリシッチのレンタル返しと価値
大胆な大量レンタル放出も「収益モデル」の一部。2004年から10年計画でアカデミー改革を進めたチェルシーでは、ユースレベルでも優勝争いの常連となる過程で、下部組織を収入源と捉えるコンセプトが確立された。青田買いした若手は、利鞘(りざや)の大きな売却が可能。育成部門の“先行投資”は、ファイナンシャル・フェアプレー規則上の支出対象外でもある。今冬にはクリスティアン・プリシッチがドルトムントからの移籍と同時に今季42人目のレンタル放出となったが、いわゆるレンタル返しには、移籍金の一部をレンタル料で取り戻せるメリットもある。
5800万ポンドと、アメリカ人選手として史上最高額で移籍したプリシッチには、“PR新戦力”としての価値も透けて見える。アメリカは、クラブが開拓に力を入れる海外市場の一つ。前述の収益ランキングで、落ちてもプレミア最高の世界3位にいるマンチェスター・ユナイテッドとの間に200億円強の開きがあるチェルシーには、10年以内に収益を昨季のマンチェスターUをしのぐ1000億円台に伸ばし、その策の一つとしてスポンサー数を現状の3倍近い35社に増やす計画もある。
ただし、ピッチ上での強さが海外企業の興味を大きく左右するのがサッカーの世界。近年のチェルシーでは、リーグ優勝後に買い控えの傾向がある。前監督のアントニオ・コンテも、その前のジョゼ・モウリーニョも、補強不足に対する不満が優勝監督の解任を招く一因となった。
アブラモビッチ政権下での正監督は、現任のマウリツィオ・サッリがすでに9人目。今冬に新CFとして希望のゴンサロ・イグアインをレンタルで手に入れたが、フロントが難色を示した31歳の高級取りは、新監督の命取りにもなりかねない。チームでは、バイエルンが獲得に動いた18歳のカラム・ハドソン・オドイが移籍志願。強豪としてのチェルシー史に、クラブ生え抜きの主力はジョン・テリー(昨年引退)しかいない。経営母体の有限責任会社としては実現されている「安定」と「野望」のバランスを、フットボールクラブとしても実現すること。それが、チェルシー経営陣の課題だ。
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Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。