戸田和幸が分析するリバプールの勝因。バイエルンはなぜ「繋いだ」のか?
【短期集中連載】 新世代コーチが見たUEFAチャンピオンズリーグ#4
欧州最高峰の舞台は目まぐるしいスピードで進化している。そこで起こっている出来事をより深く知るためには、戦術革命後の「新しいサッカー」に精通するエキスパートの力を借りるしかないだろう。それぞれの方法で欧州サッカーのトレンドを探究する4人の新世代コーチに、CLラウンド16の“戦術合戦”を徹底分析してもらおう。#4はサッカー解説界の第一人者でありパイオニア、指導の現場でも腕を磨く元日本代表の戸田和幸が登場!
リバプール vs バイエルンというビッグクラブ同士の闘いとなったラウンド16屈指の好カード、2月19日にアンフィールドで行われた第1レグはリバプールサポーターが作り出した圧倒的な雰囲気の中、バイエルンが冷静なファイトを見せ0-0、その後数週間を経ての決戦となった。
■有利なはずのバイエルンの「恐怖」
0-0で迎える第2レグ。
これについて皆さんはどう考えるだろうか。
個人的な見解として中継の中では「環境としてはバイエルンが有利だが、状況で考えるとアウェイゴールがあるのでバイエルン側にプレッシャーがかかる試合とも言える」と試合序盤に話をしたということを先に記しておきます。
勝負が決まる第2レグをホームで闘うことができるメリットは移動や試合までの時間の過ごし方だけでなく、スタジアムに集まる人々の思いの大きさも含め非常に大きいと考えていますが、満員のスタジアムとサポーターに囲まれ絶対的に有利なはずのバイエルンにとっては1点以上の引き分けでは敗退が決まるという「恐怖」が常に同居する闘いとなります。
相手はリバプール、その「恐怖」は決して小さくはなかったと想像します。
「恐怖」が同居しつつも環境面では圧倒的に有利だと考えられるホームチームが抱える別の不安要素として以下の2点を考えていました。
●「出場停止中のミュラーとキミッヒの不在」
●「後者の代わりに右SBで出場するラフィーニャとケガからの復帰となったアラバの状態」
そして以下の2点がバイエルンにとっての生命線になると考えていました。
●「好調だったコマンの代わりに先発するリベリがどこまでやれるのか」
●「チアゴを活用しながらプレーすることができるか」
リバプールにとってはホームで得点を奪うことはできなかったものの、出場停止だったファン・ダイクの代わりにCBで出場したファビーニョの活躍もあり無失点で終えられた第1レグ。「1得点以上での引き分け」で勝ち抜けが決まるという条件をどう考えるか、ここが彼らの運命を決めることになります。
クロップ監督の下、タレントも十分なリバプールは圧倒的アウェイの環境下でも得点を奪うことは十分可能、唯一のネガティブ要素としてはUCLアウェイゲームでは4連敗中(今シーズンは3試合で1得点のみ)ということでしょうか。
もう一つこの試合を語る上で重要だと考えたことはスケジュールの違い。
バイエルンはホームで土曜に、一方リバプールは日曜にホームで試合をしてからのミュンヘン入り。クロップ監督も珍しく不満を漏らしていましたが、これだけ大きな試合になるとその1日がとてつもなく大きな意味を持ちます。おそらくリバプールは試合に向けた具体的な準備は諦めコンディション調整だけで、このビッグマッチに臨んだのではないでしょうか。
これらいくつかの条件を踏まえた上で、このビッグマッチに臨んだ両チームの状態と闘い方を、ここから振り返っていこうと思います。
■リスク覚悟。より強くなったハイプレス
アウェイのリバプールのキックオフで始まったこの試合、彼らは第1レグと同様に敵陣に長いボールを蹴り込み、高い位置での強いプレッシングでそのまま押し込む展開を狙ってきました。
いきなり敵陣深くまで押し込んで強い圧力をかけることを選択したリバプール、「勝ちに来たな」という印象を強く抱く試合序盤となりました。
両チームともに第1レグとの闘い方の違いをまず見ましたが、リバプールは明確にアタッキングサード(ゾーン3)まで出て来て初戦以上に強いプレッシングでバイエルンの自由を奪いに来ました。
バイエルンは⑧ハビ・マルティネスと⑥チアゴの2セントラルMF、⑪ハメスがトップ下の[4-2-3-1]。リバプールは盤石の[4-3-3]、ただし⑪サラーのスタートポジションは、いつもとは逆の左ウイングでした。
バイエルンの不安要素だった⑬ラフィーニャにサラーを当てた……というよりは、㉗アラバと⑦リベリのコンビに対して守備の強い⑩マネを置いたと私は解釈しましたが、実際のところはどうだったのでしょうか。結果的には7分に1度目の配置変え(左から⑨フィルミーノ、⑪サラー、⑩マネ)、そして10分には慣れ親しんだ配置(左から⑩マネ、⑨フィルミーノ、⑪サラー)へと戻しています。クロップ監督は試合中に相手の強みを抑えるためにではなく、あくまでも自分たちの強みを発揮できる配置で守備を行い攻めるプランに変えてきたのかもしれません。
この試合はアウェイの戦績が思わしくないリバプールの闘い方がまず重要になると考えていましたが、彼らは明確に前に出てきました。シーズンに何度もない重要な試合だからこそ、リバプールは徹底して前に出ることを決断し走り勝とうとしました。
■ビルドアップ機能不全の理由①:リベリの不調
そのリバプールに対して、バイエルンがどう立ち向かったのか。ホームチームである彼らはGKのノイアーも含め、後方から繋いで前進していくことを選択しました。
パスを繋いで前進しようとするものの、リバプールの強いプレッシングに遭い仕方なく下げられてきたボールをノイアーが前方に蹴る場面が自分が数えた限りでは9回この試合で見られました。これだけノイアーまで下げざるを得ないような展開が続いてもバイエルンは一貫して後方からのビルドアップを選択、結果数多くのボールを捨てることになります。
リバプールも相当なリスクも負い体力も使っての守備でしたが、果たしてその守備に対してバイエルンにできることは正面からパスを繋ごうとしてボールを「捨てる」ことしかなかったのでしょうか。
こちらをご覧ください。
バイエルンはゾーン1(自陣の1/3のエリア)からパスを繋いで前進を図ろうとするもうまく出口を見つけられずに蹴らされる場面が非常に多かったですが、時にフンメルスからハーフラインを越えていくために必要な配球ができていました。上の写真を見るとチアゴが中に入りワイナルドゥムを引き連れることで空いたパスルートにリベリが顔を出しています。サラーは勢いをつけてフンメルスにアプローチをかけているので、瞬間的にアラバが完璧にフリーになっているのもわかると思います。相手のプレッシングを理解した上でチアゴが機転を利かせスペースを作り、フンメルスもその動きを有効活用して一つ奥のリベリにパスを出しています。
しかし最初の場面ではリベリのコントロールが大きくなりアラバへパスを出すもタイミング合わずラインを割り、2つ目の場面ではコントロールからパスまで時間がかかってしまったためにアラバに対してワイナルドゥムがアプローチする時間を与えてしまい、レバンドフスキへの縦パスはマティプにしっかりと対応されました。
アレクサンダー・アーノルドが遅れてアプローチせざるを得ない場所・タイミングでボールを引き出すところまでできていましたが、ほんの少しのコントロールミスや1タッチでアラバに預けていれば効果的に前進が図れただろう場面で立て続けにミスをしてしまったことで、少しずつリベリのプレーから大胆さが失われていきました。
また時折ゾーン2(中盤の1/3のエリア)まで前進できた時にチアゴやフンメルスから左へ展開する場面もありましたが、サラーがスプリントで戻りボールホルダーにアプローチしつつ、ワイナルドゥムとファビーニョのスプリントでのスライドでハーフスペースを一瞬で消し、アラバの攻撃参加とリベリのドリブル突破を抑えていたことも併せて紹介しておきます。
■ビルドアップ機能不全の理由②:中盤ハビという選択
また両チームの中盤を見比べた時に個人的にはハビ・マルティネスのところがかなり気になりました。
チアゴ、ハメス、レバンドフスキが動くことで生まれるスペースを使ってうまく中継役となれれば良かったですが、普段のリーグ戦でも彼自身から展開を作り出すというよりは他の選手に任せてその後の守備に備えていることが基本タスクなので、それ以上の仕事は難しかったのかもしれません。
例えば上の1つ目の場面ならジューレから受けてラフィーニャへ、2つ目はチアゴからパスを受けてゾーン2をフリーで持ち上がれる場面ですが、どちらもハビは積極的にパスを受ける動きは見せず、ボールはノイアーまで戻っていきました。
結果バイエルンの攻撃はキミッヒが不在だったことも影響し、ほぼ左からとなってしまいリバプールの守備が困る場面はありませんでした。
ニコ・コバチ監督は相手がリバプールということを考えて、中盤の守備を強化するためにハビを選んだと思いますが、あれだけプレスを受けても蹴らずにプレーすることを選択したのであれば、より走力に優れ中盤から前方にかけて力を発揮でき、かつチアゴとハメスともシンクロしながらプレーできるゴレツカを起用して縦への意識を持たせた中でリバプールと対峙する方がベターだったのではないでしょうか。
前半のバイエルンはあまりに相手のプレッシングを正面から受け過ぎてしまい、自陣から抜け出せなくなり、結局は長く捨てるボールになるケースが多過ぎました。仮に捨てるのであれば自分たちのタイミングでそれを行う必要がありますが、一番最後の選択肢として「捨てる」ことを持ってプレーしたために、出てくる相手を裏返すようなプレーを見せることは稀でした。
ワンチャンスをものにする形で1-1で折り返すことはできたものの、かなりの劣勢だった前半だったと思います。
■リバプールの「意図したロングパス」
バイエルンが使う長いボールが「蹴らされた」ものがほとんどだったのとは対照的に、リバプールのそれには「意図的に蹴った」ものが多かったです。
GKアリソンからのキックも含めたとえそれがこぼれ球ありきのものであったとしても、ボールの行く先には必ず誰かが待ち構えておりその周辺には白いシャツがしっかりサポートしていました。あくまでも前進するために必要なことを行ったのがリバプールで、バイエルンは少し「手段が目的化」してしまったようにも見えました。
26分、バイエルンの前線守備が一休みした瞬間を逃さずにリバプールが先制します。
それにしてもリバプールの左CBファン・ダイクが蹴る、対角DF背後へのストレートボールはとても質が高いですね。常に立ち姿が美しくいつでも蹴れる運び方ができる選手ですが、26分の先制点の場面も同様でした。ラフィーニャの外側からファン・ダイクが振りかぶった瞬間にカットインし背後へ飛び出したマネのランニングも素晴らしかったですが、そこに蹴れる選手がいてこそ受け手は走ることができますからね。最終ラインからの1本のロングパスで得点を挙げることができたのは世界トップレベルの出し手と受け手の両方がそろっていたからこそです。
同時にノイアーの飛び出しに判断のミスがあったと個人的には見ていますが、「蹴れる選手」から「走れる選手」にボールが渡ってしまったことを総合して考えると、バイエルンの前線守備にもやや緊張感が足らなかったという言い方もできるのではないでしょうか。
■走行距離で見る、チームの闘い方
前半思うように敵陣まで入っていけなかったバイエルンでしたが、後半に入ると効果的な前進を見せるようになりました。例えば、こちらは51分7秒からの場面。
前半遮断されていたSBへのパスルートをSBがより低いポジションを取ることで確保。⑨レバンドフスキがより左サイド寄りにポジションを取ったことで(66)アーノルドの⑦リベリへのプレスを逆手に取り、外側レーンで㉗アラバからの縦パスを引き出すと⑦リベリも素早くサポート、一気に前進という場面です。ちなみに、この後の展開はボックス内まで運ぶことに成功しリベリがニアゾーンからクロスを入れますが、ファン・ダイクがカバーに入り止められています。
55分手前にはジューレからのパスを受けたノイアーがレバンドフスキにロングボールを蹴り、ヘッドでニャブリへ繋ぐといった意図的にトップへ蹴るプレーが見られ始めます。一番の好機は59分30秒過ぎ、フンメルスからのロングボールに対してファビーニョの右脇にいたハメスがヘッドでリベリへ。そこからドリブルで運びラフィーニャへ叩き、もう一度右まで動いたリベリへ戻すと背後へ抜けたニャブリへ。そこから速いクロスを入れましたが、レバンドフスキにはわずかに届かず。
バイエルンがハーフラインを越えられる回数は明らかに増えましたが、この理由はSBが低めの位置取りをしたことでCBからのパスを受けられるようになりウイングが「外切り」をして中で奪いに行くリバプールのプレスが決まらなくなったこと、またはスケジュールの影響か前半に比べるとリバプールのチーム走行距離が3km近く減少、ハイプレスの勢いが弱まったこともフンメルスとジューレが自信を持って展開を作れるようになった理由として挙げられます。
この試合のチーム走行距離はバイエルンが112.987km(57.609/59.125)、リバプールが115.447km(59.125/56.322)、リバプールが3km近く上回っています。また、CLでのシーズンアベレージを見てみるとバイエルンが112.228kmでリバプールは110.857km。アベレージとこの試合を比較してみるとバイエルンはほぼ同じ、一方のリバプールは5km近く上回っていました(ちなみにリバプールが圧倒したホームでのナポリ戦でのチーム走行距離は118.775kmにもなっていました)。
アベレージはあくまでも平均値ですが、この試合に向けた日程の部分で言うとアウェイチームの方が不利だったのは間違いありません。それでもCLでの平均値を大幅に上回る走行距離を記録したリバプールと、平均値とほぼ同じだったバイエルンというのは興味深いデータだと思います。
■ミルナーとワイナルドゥム。多種多様な個の輝き
そしてこの試合の個人の走行距離に目を移すとトップがミルナー(12.15km)、2位がワイナルドゥム(11.49km)でした。戦術的なタスクはもちろんのこと、理屈抜きに走ってカバーしなくてはならない局面がリバプールの守備には存在します。いつも両ウイングのアプローチが的確にできるわけではないですし、前に向けた矢印を横に変えたり、時には後ろに向け直してフルスプリントでボックス付近まで戻って外からの侵入を防ぎ、ファビーニョの脇を埋める働きを常にかなりのスピードで行っているミルナーとワイナルドゥムの存在は非常に大きかったです。
リバプールの2点目はゾーン2のハーフライン手前からミルナーが前方へパスを出し、そこから左ニアゾーンまで駆け上がってクロスを入れ獲得したCKの2本目からファン・ダイクのヘディングにより生まれたもの。
3点目も彼ら2人が大きく関わっています。アリソンのゴールキックのこぼれ球をミルナーがレバンドフスキに体をぶつけてコントロールミスを誘い、こぼれたボールをワイナルドゥムが回収した時にレナト・サンチェスからファウルを受け、そのFKからマネの人間業とは思えないゴールが生まれました。
彼らのプレーから華麗さは微塵も感じられませんが、インテリジェンスを兼ね備えつつも与えられたタスクに対し足をつるまで強度の高い走りを続けられるスーパーチームプレーヤーがミルナーでありワイナルドゥムと言えます。彼らのような存在がいてサラーのような際立った個性が最低限の守備タスクを果たした上で攻撃で力を発揮することができるのです。
マネも11.8kmで4位の走行距離を記録していますが、この選手とフィルミーノが計り知れない貢献を果たしていることも忘れてはいけません。幅を取ることもありますが、ゴール近くなるにつれ距離が近くなる3人のワールドクラスのアタッカーをそろえるリバプールと、ニャブリのランニングは効果的だったものの終始レバンドフスキが2CB相手に1枚で頑張る場面が多かったバイエルンの違いは――後半のバイエルンは敵陣まで運ぶ場面は何度か作ったとはいえ――いざゴールに向かう際には大きかったように思います。
チームとして掲げたコンセプトはどんな選手がいるかで変わるもの。クロップ監督がリバプールに来た時とは今はまったく別のチームになりました。ファン・ダイクが加入したことで最終ラインはとてつもなく強固になり、彼の持つリーダーとしてのメンタリティがチームも変えたように見えます。アリソンが加わり安定感と後方からのディストリビューションも加わり、ファビーニョの存在がシーズン通じて波のないチームを実現させつつあります。アーノルドには大きな未来が待ち受けているでしょうし、ロバートソンは今や世界でも指折りのSBと言えます。リーグのタイトルレースも熾烈を極める中、リバプールは昨シーズン手が届かなかった欧州チャンピオンも狙いに行くことになるでしょう。 CLアウェイ4連敗中というネガティブ要素が頭をもたげたはずの敵地での第2レグ、そこでリスクを負いながら攻撃的な姿勢を示し、見事な勝利を収めました。素晴らしいメンタリティとクオリティでバイエルンをねじ伏せたこの試合で、彼らが得られた自信は非常に大きなものでしょう。今後の戦いぶりが楽しみです。
Photos: Getty Images
Profile
Kazuyuki Toda
東京都出身。桐蔭学園高を卒業後、清水エスパルスに加入。2002年日韓W杯では守備的MFとして4試合にフル出場し、ベスト16進出に貢献。その後は国内の複数クラブ、イングランドの名門トッテナム、オランダのADOデンハーグなど海外でもプレー。13年限りで現役を引退。プロフェッショナルのカテゴリーで監督になる目標に向けて、18年は慶應義塾大学サッカー部の「Cチーム監督」を務めた。