2022年1月に恋人への傷害、強姦未遂などの容疑で逮捕され、表舞台から姿を消していたメイソン・グリーンウッド。今年2月に訴えが取り下げられるも、イングランドでは復帰に対して各方面から反対の声が上がった結果、7歳から在籍するマンチェスター・ユナイテッドでのプレー続行は叶わず、今夏ヘタフェに貸し出されている。再起を図る22歳の今を現地スペイン在住の木村浩嗣氏に教えてもらおう。
まずは現在(第14節終了時)の数字を見てもらおう。
11試合(リーガ10試合、コパ・デルレイ1試合)に出場して、4ゴール3アシスト。第7節アスレティック・ビルバオ戦に初先発してからは、1試合を除いて全試合で先発出場中。第13節時点ではドリブルからのシュート数18(全ドリブルの約60%がシュートで終わる)は1位のイニャキ・ウィリアムス(アスレティック)とブライアン・サラゴサ(グラナダ)の21に続く3位で、サビオ(ジローナ)やビニシウス・ジュニオール、ロドリゴ・ゴエス(ともにレアル・マドリー)よりも上というデータも各メディアで紹介されていた。コパ・デルレイは下部カテゴリーのチーム相手で、その試合での2ゴールは割り引くとしても、シーズンのスタートが周りより1カ月遅かったことを考えると、滑り出しは「期待以上」と言っていい。
「男性に厳し過ぎる」スペインで放置されている理由
19-20シーズンにマンチェスター・ユナイテッドで公式戦17ゴールを記録し衝撃を起こした後、傷害と強姦未遂容疑で逮捕され1年8カ月以上のブランクを経験、人間としても選手としても葬り去られたかに見えた男の社会復帰劇、選手としての復活劇を我われは見ているのだろう。
「グリーンウッド死ね!」
デビュー戦のオサスナファンと2週間後のアスレティックファンからそんなコールも浴びせられたが、それ以降は何の揉めごとも起こっていない。グリーンウッドが不起訴になった後もマンチェスターUへの復帰を許さなかったイングランドのファンからすれば、奇妙に、そして女性への虐待に寛容な国に見えるかもしれない。
だが、伝統的にマチスモ(男性優位主義)があるスペインだからこそ、今の社会の空気は女性への暴力に対して非常にセンシティブだ。男女平等省が存在し、刑法が改正され虐待や強姦への刑も重罰化された。むしろ、「男性に厳し過ぎて不平等だ」なんて声が起きるほどだ。ダニエウ・アウベスの強姦容疑(起訴され現在、裁判待ち)には社会は敏感に反応し、今も続報が流され続けているのに、グリーンウッドは放って置かれている。
なぜか? 以下、私見を述べたい。
メディアを中心としたネガティブキャンペーンをスペイン人は経験していない。揺るぎのない暴力の証拠――あざや口から流れた血、性交を強制する生々しい写真やビデオ――がSNSで拡散された時の衝撃は凄まじかったと想像する。グリーンウッドの有罪を誰もが確信しただろうし、私も暴力はあったのだと思う。不起訴になったのは証人が出廷を拒み、裁判を維持することが不可能になったからで、無罪が証明されたからではない。
つまり、限りなく黒に近い、もう黒と言っていいほどの灰色である。
だから、マンチェスターUのファン(おそらく他チームのファンも)は復帰を許さず、シューズメーカーはスポンサーを降りた。法廷では裁けなかったものを社会が裁いたわけだ。女性への性暴力の事実がほぼ明白な選手に、クラブエンブレムやメーカーブランドを着用してほしくない、という反発はよく理解できる。人の心情は法の論理を超える。不起訴であっても許せないものは許せないのだ。
一方、ヘタフェにやって来たグリーンウッドにスペイン人が見たのは、心機一転に懸ける男の姿だった。……
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。