移籍市場終了後に突然、発表されたセルヒオ・ラモスのセビージャ復帰は、フロントが「ない」と断言し、本人もサウジアラビアかトルコへ行くと報道されていただけにビッグサプライズだった。
獲得せざるを得ない状況に
フロントが180度意見を翻した裏には、チームの惨状がある。ラ・リーガでは開幕から3戦全敗で最下位。8失点と守備が崩壊している。6人もいるCBは2人が長期負傷中で、相変わらず守備的MFのネマニャ・グデリをCBとして使わざるを得ない状況が続いていた。救世主としてセルヒオ・ラモスを待望する舞台が整っていたわけだ(後述するようにフロントはウルトラスと対立しており、もしチームが順調なら今回の移籍はなかったと思う)。
果たして、9月6日の入団発表では2万2000人がサンチェス・ピスファンを埋めた。記者会見では、18年ぶりに古巣に復帰するという夢が叶ったことで涙を流した。トルコやサウジアラビアでもらえるはずだった額を大幅に下回る年俸でサインしたことも美談として伝えられた。
この数十億円と言われる大金を諦めたことは重要なディテールだった。というのも、彼は2005年夏にレアル・マドリーに移籍した時から“金の亡者”というイメージを付けられていたからだ。愛するセビージャを捨ててライバルのRマドリーに移ったのは「札束で頬を叩かれたから」というのが、セビージャ側の非公式見解だった。
私もサンチェス・ピスファンのお客さんが大量に札をコピーし、セルヒオ・ラモスの入場時にまいたところを見たことがある。ただ、この非公式見解は“スターをライバルに売った駄目会長”と呼ばれることを恐れたホセ・マリア・デル・ニドの作り話だという説もある。空っぽの金庫を移籍金2700万ユーロで満たしたかった会長と、経済的にもキャリア的にもステップアップしたかったセルヒオ・ラモスはともにWin-Winだった、というのだ。
ウルトラスの恨みは今も続く
いずれにせよファンは“金の亡者”説を信じ、2017年1月のセビージャ vs Rマドリー戦で事件が起きる。この試合でやじられ続けたセルヒオ・ラモスはPKキッカーを買って出て、パネンカ(チップキック)を決めると、ゴール裏に対して耳に手を当てヒラヒラさせて見せたのだ。フワッと浮かしたキックだけでも馬鹿にされた気分なのに、「さあ何か言ってみろ」と言わんばかりのポーズ。敵意に火が点いて、考えられる限りの罵声が浴びせられた。今年4月、北ゴール裏が1試合閉鎖されたのは、この時の罵声に対する制裁措置だった。
そして今も北ゴール裏のウルトラス「ビリス・ノルテ」は恨みを忘れていない。彼らは9月5日に発表した声明の中で激しく非難した。
「この移籍を提案した時点で、我われのクラブを大きくした価値を尊重せず(中略)この選手による過去の軽蔑的な行動に苦しんだ人たちへの礼を失している」
矛先がセルヒオ・ラモスではなく獲得したフロントに向いているのは、彼らが現会長の退陣をここ2、3年求め続けているからだ。
セルヒオ・ラモスの初のホームゲームは9月17日。サンチェス・ピスファンがどう迎えるのかが注目される。
Photo: Getty Images
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。