イングランドの下部リーグで注目を集める青年監督がいる。イプスウィッチを5シーズンぶりに2部に昇格させたキーラン・マケナである。
パスサッカーで下部リーグを席巻
イプスウィッチは、過去にプレミアリーグに5シーズンも在籍してUEFAカップ(現UEFAヨーロッパリーグ)にも出場したことがある古豪だが、近年は苦しんでいた。2001-02シーズンにプレミアリーグから降格して以降は下部リーグ暮らし。2019年には2部からも降格し、ここ4シーズンは3部リーグで過ごしてきたのだ。そんな悩めるクラブを救ったのが、5月14日に37歳の誕生日を迎えばかりの新米監督だ。
2021年12月に監督に就任したマケナは、名門クラブでのアシスタントコーチの実績はあったものの、これが初めての監督業。それでも初のフルシーズンとなった今季、彼は素晴らしい手腕を発揮して眠れる巨人を2部昇格に導いた。単に昇格させただけではない。イングランドの3部リーグではほとんど前例のない華麗なパスサッカーで自動昇格となる2位に入ったのだ。「いろいろな人に言われたよ。『そのフットボールでは難しいね』とね」と、マケナは英紙『The Observer』に語る。
最終ラインから丁寧にパスをつないで60%近いポゼッション率を誇ったイプスウィッチは、オープンなサッカーを展開し、46試合でリーグ最多の101ゴールを叩き出した。とりわけシーズン終盤は15試合で13勝2分け0敗という圧倒的な成績を残し、優勝したプリマスには一歩及ばなかったが2位で昇格を決めた。
もちろんお金の力もある。2021年にクラブを買収したアメリカの投資グループが、しっかりと監督をバックアップして補強費を用意したのも事実だ。それでもチームがこれほどの結果を残せたのは、やはりマケナ監督のおかげだろう。
彼らは素晴らしい攻撃力を発揮しただけでなく、リーグ最少の35失点でシーズンを終えた。何より、これだけパスをつなぎながら、最終ラインからのパスミスによる失点は1つもなかったという。「それこそ誇らしいことだね」とマケナも胸を張る。
地道に学んだ指導論
マケナは37歳になったばかりの新米監督だが、それでもフットボール界で様々な経験を積んできたという。トッテナムの下部組織で選手キャリアをスタートさせると、U-21北アイルランド代表に選出されるほど将来を嘱望されるMFだった。しかし20歳の時に臀部を痛めて手術を受けると、そのケガを乗り越えることができずに22歳で引退を余儀なくされた。そして指導者に転身したのである。
すぐにトッテナムのユースチームでコーチ職を与えられるも、助言を受けて一からキャリアを築くことに。ラフバラ大学でスポーツサイエンスを学ぶことにしたのだ。大学で学びながらノンリーグでコーチをするようになり、当初は指導者として「一歩後退」したとも思ったが「経験を積んで広い視野を持てるようになった」という。
その後、一度はトッテナムのユースチームで監督を務めたが、マンチェスター・ユナイテッドに誘われて同クラブのU-18チームを指揮するようになった。すると、当時ユナイテッドを率いていたジョゼ・モウリーニョ監督に認められてトップチームのコーチに昇格し、その後はマイケル・キャリックと共にオーレ・グンナー・スールシャール監督も支えた。そして2021年12月にイプスウィッチの監督に就任し、初めて独り立ちしたのである。
両親から学んだ献身性
だから監督としては青二才かもしれないが、フットボールに対する情熱だけは誰にも負けない。「8歳の時から、家族とは別の部屋で4部リーグの試合をTVで見ていた」とマケナは英紙に語る。「フットボールに情熱を注ぐ子供たちはたくさんいるが、毎日のようにすべての試合を見ていたのは自分だけだろうね」
家族から献身性を学んだ。ロンドンで暮らしていた両親は、北アイルランドに小規模のホテルを購入して移住。自分たちで手を加えながら、今では国内有数の評価を受けるホテルを作り上げた。「父はホテルにすべてを注いでいたし、それは私がこのクラブにすべてを捧げるのと似ているね」とマケナは説明する。
築き上げたサッカー哲学と両親から学んだ献身性。根っからの勉強家は、来季イングランド2部リーグでも華麗なフットボールを見せてくれるはずだ。そして近い将来、プレミアリーグの舞台でも手腕を発揮していることだろう。
Photos: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。