7季ぶりのCL出場権獲得、そして19季ぶりとなるリーグ制覇を目指しているアーセナルにはクラブOBの“リーダー”がいる。それも1人だけではない。
1人は、現指揮官のミケル・アルテタである。41歳のスペイン人は、2019年に就任して3年半で着実にチームを蘇らせた。明確な戦術、若い才能、そして活気と一体感。アーセン・ベンゲル体制の晩年から失われていた大切なものを、サポーターに届けている。今季アーセナルが優勝を争う位置にいるのは、間違いなくアルテタの手腕のおかげだ。しかし、それは指揮官だけの功績ではない。
クラブのスポーツダイレクターは19年前の無敗優勝を知るエドゥ(44歳)であり、U-18チームを率いるのはイングランドの未来と称えられたこともあるユース出身者のジャック・ウィルシャー(31歳)であり、そしてアカデミーを統括するのは元ドイツ代表DFペア・メルテザッカー(38歳)である。彼らのようなOBが、クラブ再建に尽力しているのだ。
そのメルテザッカーが、ロンドン紙『Evening Standard』のインタビューで元チームメイトであるアルテタとの信頼関係について語った。現役時代、12年前にそろってアーセナルに加入した彼らは友情を育み、引退後も固い絆で結ばれてきたという。
「手放してはいけない」「彼を信頼している」
2016年、現役を引退したアルテタには3つの選択肢があった。1つはコーチとしてアーセナルに残ること。もう1つは当時トッテナムを率いていたマウリシオ・ポチェッティーノの下で働くこと。そして3つ目がペップ・グアルディオラ監督の右腕になることだった。早い段階でユース時代に所属したバルセロナの先輩と約束を交わしていたアルテタは、アーセナルからの打診を断ってマンチェスター・シティのコーチに就任。だがその際に、彼はアーセナルのイバン・ガジディス(当時CEO)に“メモ”を残したという。
メルテザッカーによると、アルテタは「話が来るのが遅過ぎたので私は去りますが、彼(メルテザッカー)だけは絶対に手放してはいけません。どんな役職にしろ、クラブに留まらせてください」とクラブ首脳陣に告げたというのだ。アルテタの進言にどれほどの効力があったか定かではないが、メルテザッカーが引退する前に、彼がアカデミーの責任者に就くことが発表された。
そして、メルテザッカーも3歳先輩のアルテタのために動いた。2018年にベンゲル監督が退任する際、後任候補の1人に挙げられた当時シティのアシスタントコーチを全力で推したという。「彼の監督としての実力は未知数だったけど、彼がどれだけ素晴らしい人間か、そして自分がどれほど彼を信頼しているかわかっていたからね」と、メルテザッカーは英紙で振り返っている。
結局、その時はアルテタではなくウナイ・エメリが選ばれたが、1年半後にはアルテタ体制が誕生し、3シーズンで復活を遂げた。そして今、アルテタとメルテザッカーという2人の元クラブキャプテンが中心となってアーセナルは高みを目指している。
12年前、彼らが入団した時に今の光景を思い描いた人はいなかっただろう。
2011年夏、アーセナルはどん底にいた。開幕3試合勝利がなく、8月末には宿敵マンチェスター・ユナイテッドに敵地で「2-8」の大敗。そこでクラブは移籍市場が閉まる直前、慌てて補強に走る。モナコから韓国代表FWパク・チュヨンを、フェネルバフチェからブラジル代表DFアンドレ・サントスを獲得。そしてブレーメンからメルテザッカー、エバートンからアルテタを連れてきたのである。彼らは補強ターゲットの本命ではなく、焦って獲得した選手、いわゆる“パニック・バイ”により加入した選手たちだったのだ。
しかしその後、2人は強い絆で結ばれるようになる。左車線に慣れないメルテザッカーは、最初の1か月ほどホテルから練習場までアルテタに送迎してもらったという。そうやって互いを支えった2人はベンゲル監督の信頼を勝ち取って腕章を託される“リーダー”となり、今ではクラブの骨格を担っている。
Photos: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。