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【対談】小谷野拓夢×植田文也 : 理論と現場の2つの視点で考えるエコロジカル・アプローチ実践編

2023.02.15

3月15日発売の『エコロジカル・アプローチ 「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践』は、欧米で急速に広がる「エコロジカル・アプローチ」とその実践メソッド「制約主導アプローチ」の解説書だ。

今回はその発売を記念して、フットボリスタ本誌22年3月号に掲載された当時・福山シティFC監督の小谷野拓夢氏(現・ガイナーレ鳥取強化育成部長)と、著者の植田文也氏との対談を1週間無料公開! 現場とアカデミックという2つの視点からエコロジカル・アプローチの実践法について掘り下げてもらった

※無料公開期間は終了しました。

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「教える」のではなく「探索させる」理論

──まず、お二人にエコロジカル・アプローチや制約主導型アプローチというのはどういう考え方なのかをお聞きできればと思います。

小谷野「従来の線形的な指導と言われるのは、特定のソリューション(解決策)を正解として、繰り返しのトレーニングやコーチの言葉によってなされる指導です。例えば、ビルドアップ時にはCBにパスを出して、このようなパスのパターンがあって、というような具体的な解決方法を提示するやり方ですね。これに対してエコロジカル・アプローチでは、選手自身の探索的な学習を促すようなトレーニングをデザインしていきます。大事なのは、情報と行動のカップリングです。環境から与えられる意味や行為の可能性であるアフォーダンスに対して、選手がどうソリューションを結びつけるか。コーチの言葉、コートサイズやルール、人数といった様々な要素を制約として加え、いくつかのソリューションがある中で、選手自身がいかに情報をキャッチして適切なソリューションを見つけ行動に結びつけられるかが重要です。1つのソリューションに固執しないし、コーチがソリューションを押しつけない。そして、指導者はどうやってそれを導くのかに着目しているのが、エコロジカル・アプローチのポイントであり、僕が1番好きなところです」

植田「制約主導型アプローチの効果の実験で、フォームにフォーカスを向けて指導するグループと、ある制約だけ満たせばいいというグループに分けて、サッカーのキックなり野球のバッティングで運動学習効果を比較するというものがあります。制約というのは、例えばサッカーのチップキックをするならこの線を越えてターゲットに落としてください、という感じです。それで2つのグループで実験をすると、キックの質もレパートリーの量もともに制約だけ満たす形でやらせたグループが優るんです。つまり、運動というのは我われが思っているほど具体的に指導できるものではないことがわかってきました。もちろん、まるっきり初学者に手取り足取りフォームを教えることまで効果がないという話ではありません。ただ、そうではない人には制約だけ設けてあとは自分で探索させて、自身の運動の癖、関節とか筋肉の付き方といった身体的特徴、そういった固有の特性の中で自分の得意な運動パターンを探していく方が最適な運動が見つかりやすい。指導者って、選手に対してどうしても運動そのものを教えてしまいがちです。特に、競技歴に優れたコーチは、どうしても『答えとしての運動』を教えてしまう傾向があると思います。でも、実はそうしたコーチの優れた運動スキルも自分で探索した結果たどり着いたオリジナルな答えだったりすると思います。指導者というのは、プレーヤーに運動を探索させる誘導員のような立ち位置である、というのがエコロジカル・アプローチの考え方です。この理論の提唱者であるキース・デイビッズは『コーチは制約やアフォーダンスのデザイナーだ』ということを強調しています」

──従来のドリル形式のトレーニングとはどう違うのでしょうか?

植田「キックならキック、トラップならトラップというように、実践から切り取った運動を繰り返しやるトレーニングがスキルドリルですね。これが多く使われている背景として、同じ運動が繰り返しできるようになることが質の高いパフォーマンスに繋がる、とずっと考えられてきたことが挙げられます。それに対して、エコロジカル・アプローチやディファレンシャル・ラーニングは疑問を呈していて、例えば円盤投げ、やり投げのような一見同じ動作を繰り返している精密動作でも、運動を分析するとトップアスリートでも一人ひとり投げ方が異なると。それどころか、同じアスリートでもシーズンや地面の硬さ、槍の特徴や天候などによって運動を変えているんですね。すなわち、運動においてターゲットムーブメントはないことが明らかになってきたわけです。例えば、野球のピッチングのような精密動作でも、同じように動かすとパフォーマンスが高い関節が50数パーセントで、残り40数パーセントの関節は、むしろ変動させた方が高いパフォーマンスが出ると。そもそも、あんな多関節運動で全部の関節を完璧に事前に計画した通りに動かすなんて不可能に近いと思います。だから、運動は事前に計画された一貫性とその都度変える変動性で成り立っていることがわかってきました。野球のピッチングのような精密動作でも半々くらいなので、サッカーのようなバリアビリティ(変動性)の高い競技ではなおさらバリアビリティの高いトレーニングが重要になるんですね」

──植田さんはポルト大学で学ばれていましたが、そういったアカデミックな機関や欧州サッカーの現場も含めて、現在エコロジカル・アプローチやディファレンシャル・ラーニングなどの非線形的な運動学習理論はどのくらい主流になっているのでしょうか?

植田「エコロジカル・アプローチは、ヨーロッパおよび北米とオセアニア、つまり英語圏の研究者が共同で開発してきた理論です。なので、どこの大学、どこの国が主流だ、というのはあまりないですね。正直ポルト大学の先生たちも、ちらほらキース・デイビッズと共著で論文を出すような先生もいれば、まだ勉強中という先生もいます。僕は修士論文で、エコロジカル・アプローチのシステマティックレビューをやると言って計画書を作成したんです。システマティックレビューというのは、これまでのエコロジカル・アプローチのメタ研究、研究成果のまとめみたいなものです。それをやると言ったら、ポルト大学の先生も知りたがって、本当に助かると数人の先生から言われました(笑)。要は学校単位でここがメッカというのはないです。サッカー界でのエコロジカル・アプローチの位置づけで言うなら、現在欧州サッカー界で広く取り入れられてきている制約主導型アプローチを理論面で支えていますし、戦術的ピリオダイゼーションや構造化トレーニングにも大きな影響を与えています。エコロジカル・アプローチそのものを直接学んでいなくても、実は運動学習理論全般に影響を与えているものなので、例えばUEFAPROライセンスを持っている人などは間接的に必ず基礎理論を学んでいると思います。理系の学問で言うところの数学みたいな存在ですね。コンピューターサイエンスをやろうが、物理をやろうが、建築をやろうが、数学の影響は必ず受けているじゃないですか。そういう感じで、エコロジカル・アプローチはあらゆるコーチングメソッドに影響を与えていると思います」

──エコロジカル・アプローチは教育やリハビリ、第二言語学習など非常に広範囲に応用できる考え方ですよね。

小谷野「物のデザインでどうやって人の行動を導くかという部分でも、アフォーダンスは応用されていますからね。代表的なのがごみ箱。例えば、ごみを捨てる穴が四角くて大きめだったら、燃えるゴミ用だとわかりますよね。その穴が小さめで丸型ならペットボトル用だな、とか。それを見ただけで、案内表示や文字を見なくてもパッと用途がわかるようになっています。このような知覚によって行動を促すというのは、まさに先ほどの話に出た情報と行動のカップリングです。なので日常の中でも、あちこちに存在していると思います」

植田「ドアノブの形で開ける動き(回すのかスライドさせるのか)がわかるというのもそうですよね。あと最近見たのは、喫煙所でソーシャルディスタンスを開けてもらうために、2メートルくらいの間隔で床に足跡の模様がついているものです。他にも、公園とかで歩いてほしい部分の芝生だけ短く切ってあるとかもそうですね。無意識にある行動を取るように促す感じです。街中にデザインされたアフォーダンスがあります」

──ジェームズ・ギブソンの生態心理学は様々な分野で研究されてきましたが、サッカーのトレーニング理論としても、近年効果が証明されてきたという理解で大丈夫でしょうか?

植田「はい、そうだと思います。制約主導型アプローチ対一般的なコーチングのうち70%ぐらいは制約主導型アプローチが同等あるいはより高い運動学習効果が見られた、というメタ研究も出ています。そういうエビデンスが出てきたので、加速度的に広がってきています」

トップチームの練習でミニボールを使う意味は?

──エコロジカル・アプローチのサッカーへの転用について、もう少し具体的に伺えればと思います。最近トゥヘルが行ったトレーニング映像が話題になっていました。テニスボールを握らせたり、小さいボールを用いてトレーニングを行うというものです。実際、どういった学習効果が期待できるのでしょうか?……

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エコロジカル・アプローチ

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

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