名将ビル・シャンクリーの下で礎を築き上げ、1970年代から80年代にかけて黄金期を迎えた由緒ある名門リバプール。イングランド勢最多となる6度の欧州王者に輝き、要塞アンフィールドでの「You’ll Never Walk Alone」の大合唱に代表される熱狂的なサポーターの存在でも知られるクラブは、公式SNSでも総フォロワー数が1億人を優に超えているように世界屈指の人気を集めている。その熱を旅行先の北欧でも感じたのは、同クラブを応援するYuki Ohto Puro氏。現地での体験をもとに歴史、飲食、観戦事情から、そのクラブ愛のルーツを探ってもらった。
2023年1月2日、コペンハーゲン。翌日に日本への帰国便を控えた私は、年末年始のデンマーク・ノルウェー旅行の締め括りとして市内を散策していた。美しい街並みに目を奪われながらスカンジナビア半島最大の歓楽街と呼ばれる歩行者天国・ストロイエ通りを進むと、Unisportsというサッカーグッズ専門店を発見したので入ってみることにした。
ショーウィンドウと売れ筋棚に綺麗に並べられたデンマーク代表グッズを横目に店内を進むと、レジの真横に見慣れたクレストを発見した。言うまでもない、リバプールのユニフォームである。店舗は出入り口のある1階と地下1階の2階層に分かれているが、ここまで大々的にグッズが並べられているのはリバプールの他にデンマーク代表、そして地元のコペンハーゲンFCのものだけだった。レジを打つ若者はまるで店の制服のように赤いシャツを着ており、背中には「ELLIOTT 19」の文字が見えた。
その夜、残酷なまでにリバプールの衰退を見せつけられることになったブレントフォード戦。試合を見るために街を徘徊すると、どのパブの軒先にも「Liverpool-Brentford」と書かれたチョークボードの看板があった。入ったのは、数ある中でも一番こじんまりとした店。バーカウンターではデンマークが世界に誇るカールスバーグのビールサーバーが休むことなく白い泡を吐き出し続けている。どうやら20名ほどの同志が同じ目的を持って集まっているようだ。試合の解説はリバプール、そしてデンマークのレジェンド、ヤン・メルビーだ。不甲斐ない守備で生まれた失点シーンで店内に嘆息が響く。試合を決定づけるブライアン・ムベウモのチーム3点目直後、多くの客が飲みかけのビールを残し無言で店を去った。
ノルウェー北部の北極圏の街、トロムセーでもリバプールの試合を見るのにまったく困らなかった。2022年最後の試合、2つのオウンゴールで勝利を手にしたレスター戦は中心街のどのパブでも放映されており、そこそこの数の客を集めていたようだった。コペンハーゲンからオスロへと向かう夜行フェリーでも、多くの子どもたちがリバプールのユニフォームを着ていた(人気はトレント・アレクサンダー・アーノルドのようだ)。旅行を通じてあらためて感じたのは、両国でのプレミアリーグ人気、そしてその中でもリバプールの人気だった。「なぜ北欧でリバプールは人気があるのか?」という問いに対して明確な答えはない。しかし、私が旅行中に目にした光景をあえて説明するために、野暮ではあるかもしれないがいくつかの関連する事実を紐解いていこうと思う。
「スカウス」の由来、「カールスバーグ」との共闘
マージーサイドの人々が喋る訛りの強い英語を「スカウス」と呼ぶことは有名な話だ。今ではこの言葉は方言に留まらず、音楽や生活、アイデンティティを表し、地元民を「スカウサー」と表現することもある。しかし、その由来が食べ物であるというのは(リバプールファン以外には)あまり知られていない。
リバプールはアイリッシュ海に臨む国際都市で、歴史的に北ヨーロッパの交易の中心地として栄えてきた。その中にはスカンジナビア半島との交流もあり、彼の地より多くの移民、そして船乗りたちがやってきた。彼らが地元で親しんだ肉とジャガイモで作られたシチュー料理をノルウェー語で”lapskaus”(スウェーデン語では”lapskojs”、デンマーク語では”labskovs”)と呼ぶ。この料理は英語名”lobscouse”(ロブスカウス)となり、古くよりリバプールの港湾労働者に愛されてきた。スカウスはlobscouseの短縮型だという説もあるくらいだ。スカンジナビア半島の文化が北海を経由して英国に定着したケーススタディの一つと言えるだろう。……
Profile
Yuki Ohto Puro
サミ・ヒーピアさんを偏愛する一人のフットボールラバー。好きなものは他人の財布で食べる焼肉。週末は主にマージーサイドの赤い方を応援しているが、時折日立台にも出没する。将来の夢はNHK「映像の世紀」シリーズへの出演。