復活の狼煙を上げるシーズンになるはず、だった。昨年の混戦J2で優勝を飾り、3年ぶりに帰還したJ1のステージ。新監督にはヴァンフォーレ甲府で確かな組織を構築していた伊藤彰を招聘し、さらなるステップアップを狙ったクラブの目論見は、しかし暗転する。攻守に消極的なプレーが目立ち、黒星を重ねる中で、指揮官交代を決断。命運はコーチから昇格した渋谷洋樹に託された。果たして彼らにこの苦境を跳ね返す方策はあるのか。今回は北條聡がシビアな目で、その希望を探る。
暗転した後半戦。そして、指揮官交代へ
好転の兆しが見えてこない。
J1リーグで最下位に沈むジュビロ磐田のことだ。29試合を消化した時点での勝ち点はわずか24。1試合平均の勝ち点は1ポイントにも満たない。第29節の北海道コンサドーレ札幌戦で0-4という惨敗を喫し、第30節ではセレッソ大阪と2-2のドロー。自動降格圏外に当たる16位(京都サンガF.C.)との勝ち点差は6ポイントに開いており、まさに降格へまっしぐら――という苦境にある。
事態が一気に暗転したのは後半戦に折り返してから。計12試合で1勝3分8敗と大きく負け越し、第25節で浦和レッズに0-6と大敗した後、伊藤彰監督が解任された。4勝6分7敗(=14位)という前半戦の戦績と比べても、その落ち込み方が容易にわかる。夏の補強は必須と思われたが、実際に獲得したのは左SBの松原后のみ。清水エスパルスをはじめ、残留を争うライバルたちが相応の資金を投じて実力者の確保に努めたのとは対照的だった。戦力面で明らかに多くの問題を抱えていたにもかかわらず、である。その意味でも志半ばで指揮官の座を追われた前任者は極めて舵取りの難しい状況下にあった。
定まらないスピアヘッド。埋め切れなかったルキアン移籍の穴
今季の磐田は昇格組という立場。昨季J2で他を圧倒したチームに改良を施し、J1仕様へ格上げする目算の下、新たな指揮官(伊藤前監督)を迎え入れた。とりわけ、就任の会見の席で強調されたのがディフェンス面の強化だ。まずは、どう守るかというコンセプトを明快にし、原理原則を含め、細かな約束事を提示しながら、隙のないオーガナイズを整える算段だった。攻守を問わず、組織づくりの手腕に関しては実績がある。ヴァンフォーレ甲府(J2)を率いた時代(2018.12~2021.12 )がそうだ。
ポジショナルプレーの実装と[5-4-1]から成るコンパクトなブロックの構築を両立させ、J2戦線の上位に進出。例年、主力選手を引き抜かれる中、2019年は5位、2020年は4位、2021年は3位に押し上げている。躍進の源泉は大崩れのない安定した守備力にあった。さらに、攻撃面では独自のアイディアを持ち込み、3バックの中央を担う新井涼平(または山本英臣)が攻めに転じると、中盤の底に上がり、パスワークのピボットとして立ち回る新機軸を打ち出す。新井や山本の役割はかつてラファエル・マルケスがメキシコ代表で演じたそれに近いものだった。
この気鋭の指導者を迎えるにあたり、小野勝社長が「ジュビロのサッカーを次の段階へと発展させるのにふさわしい人物」と期待を寄せたのも納得がいく。だが、J1仕様へ格上げする作業は容易ではない。そもそも人的資本の点で大きな不備があった。スピアヘッド(槍の穂先)の適材である。昨季22得点8アシストを記録し、チーム総得点(75)の40%に絡んだルキアン(アビスパ福岡へ移籍)の穴をどう埋めるのか。近年、ベンチでくすぶる長身FWの杉本健勇を浦和レッズから借り受け、最前線に据えたが、29試合を消化した時点で鳴かず飛ばずの状態。25試合(スタメンは18試合)に出場しているものの、得点はおろか、アシストすらないのだ。……
Profile
北條 聡
1968年生まれ。栃木県出身。早大政経学部卒。サッカー専門誌編集長を経て、2013年からフリーランスに。YouTubeチャンネル『蹴球メガネーズ』の一員として活動中。