コンテクスチュアルトレーニング実践編:筋トレをどうサッカーに組み込むか?
オランダ1部のスパルタ・ロッテルダムでヘッド・オブ・フィジカルパフォーマンスとしてフィジカル部門を統括している相良浩平氏。彼は2018年からオランダのスポーツ科学者フラン・ボッシュが提唱したコンテクスチュアルトレーニングを現場で実践している。ストレングストレーニング(筋トレ)やコンディショニングトレーニングに、ボッシュの理論をどう適応させているのか――3年間の成果と課題を聞いた。
※『フットボリスタ第89号』より掲載
ボッシュ理論は「筋トレ+動きの習得」
── まずは相良さんのスパルタ・ロッテルダムでの現在の仕事を教えてください。
「役職はヘッド・オブ・フィジカルパフォーマンスで、トップチームのフィジカルパフォーマンス全体を統括しています。このチームでは7シーズン目で、もともとはフィジオセラピストとしてリハビリなどを担当しつつストレングトレーニング(筋トレ)も見る形でやっていたのですが、今の監督(ヘンク・フレイザー)が来て『フィジカルとメディカルを分けた方がいい。どっちをやる?』と聞かれて、フィジカル部門でやりたいと答えました」
── では、現在の仕事はフィジカルコーチというわけですね。
「そうです。主な仕事内容は『ピリオダイゼーション』『ストレングストレーニング』『コンディショニングトレーニング』『チームと選手個別のフィジカルパフォーマンスのデータ分析と管理(GPSデータを含む外的負荷と内的負荷のデータ)』の4つですね。現在の役職になってほぼ3年経ちました」
── 相良さんは2018年時点のインタビューでフラン・ボッシュのコンテクスチュアルトレーニングを取り入れた筋トレをしているとお話しいただきました。今回は約3年間の実践で見えてきたことをぜひ教えてください。あらためてコンテクスチュアルトレーニングとは何なのかを聞いてもいいでしょうか?
「ボッシュは、コーディネーショントレーニングに筋トレと運動学習理論を加えたものと言っていますね。筋力をトレーニングするのではなく、動きの習得に対して高い負荷をかける。なぜ、このやり方がサッカーに向いているかと言うと、サッカーをプレーしている時に具体的に手や足をどう動かすかを考える人はいませんよね。エクスターナルフォーカス(外的意識)と言うのですが、サッカーをプレーする時に考えているのは『どこにパスを出すか』『誰かフリーなのか』といった体の外側のことです。一方、従来のジムでの筋トレは骨盤や膝の位置など体の内側に意識を向けたコーチングをしていました。そうではなくて、トレーニングのオーガナイズによって(体をどう動かすかに意識を向けなくても)自動的にそうなるように仕向けるのがボッシュの考え方です。ボッシュの理論の中にも取り入れられている制約主導型アプローチでは『環境』『タスク』『人の体』の三角形の中で、どこかを制限することで負荷のかけ方を変えていき、動きの学習を促していきます」
── ボッシュの理論はオランダでどれくらい浸透してきているのでしょうか?
「オランダに関しては、ボッシュの理論が競技問わずスポーツの現場に広がってきました。オリンピックセンターでも取り入れられていますし、サッカーの現場でもボッシュの理論を軸にストレングストレーニングをやっているチームがたくさん出てきました。オランダにはスポーツフィジオセラピスト(MSc)の養成学校があり、ボッシュはそこで講義をしています。なので、今スポーツフィジオセラピーを勉強している新しい世代はほぼ全員ボッシュの理論を学んでから現場に入ってきている状態です」
制約を用いて「負荷=複雑性」を操作
── 具体的にボッシュの理論はどうサッカーへ適応させていくのでしょうか?
「僕はジムでの筋トレだけでなく、ウォーミングアップも任されているのですが、まずジムで改善したい動きや習得したい動きを学び、よりサッカーに近い状況で定着させるためにピッチ上のウォーミングアップでも同じテーマでメニューを行います。具体的には、サッカーのアクションでプレッシングがありますよね。それをサッカーの状況を取り除いて分解すると『スプリント+ストップ』になる。さらにそれを分解していくと、膝の伸展からの屈脚になる。そうしたベーシックなアクションをジムでやって、ピッチ上のウォーミングアップではサッカーのアクションに近づけていくイメージです」
── ジムでの筋トレに関して具体的なメニューを教えていただいてもいいでしょうか?
「例えば、走る時に足が後ろに行き過ぎると効率の悪いスプリントになります。地面を蹴った足はすぐに前に戻った方が体に負荷がかからないですし、効率的です。では、こうした癖を持った選手の動きを改善するためにどういうメニューを組むかというと、一例としてジムでのトレーニングでは大きく前傾してバランスボールに両肘をついた状態で足を前後に素早く動かす。前傾して壁に手をついて同じように足を動かす形でもいいです。このような環境をオーガナイズすれば、特に体の動きに意識を向けなくても自然と足が後ろに流れなくなります。さらにピッチ上のウォーミングアップでは、同じ目的で両手を上げて棒を持って走ってもらう。その状態だと自然とおなかに力が入ります。そもそも手を上に挙げた状態だと、お腹を緩めて走ることが不可能です。あるいは小さなハードルを短い間隔で置いてそれを一歩一歩越えていこうとすると、足を後ろに流していると間に合わないので自然と接地後にすぐ足が前に出るようになります。『おなかに力を入れて!』『足を後ろに出し過ぎないで!』と言葉でコーチングするよりも、環境をオーガナイズすることで効果的に動きの改善ができるようになります」
── ジムワークとピッチ上でのウォーミングアップが同じテーマで繋がっているのが興味深いです。今はボールを使ったウォーミングアップが主流なのかと思っていました。
「僕がウォーミングアップを担当する週2、3回は、主に動きの改善を目的としてボールのない状態で行います。そうでない場合はアシスタントコーチがボールを使って行う、サッカーのアクションを改善するウォーミングアップになりますね」
── お話を聞いていて理屈はわかったのですが、動きの改善のための環境をオーガナイズする発想、要はどういう制約を設けるかが大変だなと思ったのですが。
「僕はもともとフィジオセラピストとしてリハビリを担当していましたので、何が原因で故障したのか、どういう段階を踏んで動きを改善させていくのかという蓄積がありました。そうしたトライ&エラーの繰り返しに加えて、手を上に挙げると腹筋を使わざるを得ないなどの運動の原則を知っているかどうかもありますね」
── エクスターナルフォーカスやインターナルフォーカスなどもリハビリでよく使う用語ですもんね。
「はい。あとボッシュがサッカー選手のトレーニングとして一番強調しているのは『ヒップロック』です。骨盤を一番いい位置で安定させるという意味なのですが、ジムでの筋トレのメニューの8割の目的がヒップロックにあります。なので、ヒップロックをいかに向上させるかにフォーカスして基本メニューを決めて、ケガの既往歴や改善したい動きに合わせて個々にアレンジしていきます。ヒップロックの改善は『左右の傾き』『回転』『前後の傾き』の主に3パターンなので、各人の癖に合わせて最適にキープできるように環境やタスクを調整していきます」
── ケガの既往歴に応じてどう調整するのでしょう?
「ケガをした場面を何度も見ていると、走る前にこう動いていたからこういう負担がかかったとわかります。その非効率な動きの癖をどう改善するかを考えますね。ヒップロックの例で言えば、左の骨盤が下がりやすい癖を持った選手がいるとします。そういう選手は『ニーイン』といって右膝が内側に入る傾向があり、前十字靭帯のケガなどに繋がる可能性があります。こういう癖を改善したい場合は台に乗って左膝を高く上げるトレーニングをしたりします。ゆっくりやるのではなく、爆発的な動きの中で左足を高く上げる。そうすると左の骨盤が下がらなくなります。初めは段差のない状況、次に台の上で、さらに台の上でおもりを載せて行うなど、単純な状況から始めて徐々に複雑性を上げていく形でトレーニングしていきます」
── ちなみに、ジムでのトレーニング時間はどれくらいなのでしょう?……
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。