【後編】サガン鳥栖のGPS活用術。スプリントの質を高める「加減速トレーニング」とは?
野田直司(サガン鳥栖フィジカルコーチ)インタビュー(後編)
数多くの主力が抜けても、昨季までのスタイルを維持して結果を残しているサガン鳥栖。今やJリーグ有数となったアカデミーの選手たちもスムーズにトップチームの戦力になっていることも特筆に値する。そうしたクラブとしての一貫性を支えているのは、「サガン鳥栖モデル」と呼ばれる明確なゲームモデルがクラブ内で浸透しているからだろう。そんな彼らはGPSデータの活用に関しても先進的な取り組みを行っている。フィジカルコーチの野田直司氏に話を聞いた。
後編はトレーニングでインテンシティを向上させる方法、特にサガン鳥栖が注目しているGPSデータである加減速を向上させるための「加減速トレーニング」について掘り下げてもらおう。
インテンシティを向上させる方法とは?
――前編で今季のサガン鳥栖はインテンシティを上げることをテーマにしているとお話していただきました。実際、今ヨーロッパのフィジカルコーチもハイインテンシティランニングディスタンス(HIRD)の値をいかに上げるかを意識していると聞きます。これをトレーニングで高めていくには、どのような方法があるのでしょうか?
「良い質問だと思います。そこは僕らも注目しているポイントで、僕はインテシティを4つのマトリクスのように考えています。
①ゲーム展開で走らされている状態
②ゲーム展開でかなり有利になって、走らなくてもいい状態
③選手のアスリートレベルが上がって、展開に関係なく走れている状態
④コンディション不良など、元の状態より下がってしまい走れなくなっている状態
基本的にはこの4つがあると思っていて、ゲームがどれに該当するのかをまず見ます。そこに対して、選手たちのアスリート能力が高まっているのかどうか。そこに関しては、心拍数の変動が1つの目安になります。ハイスピードラン(HI)を繰り返し行ったけれども、心拍数はそんなに上がらずに遂行できたのか、心拍数は上がったけど、その後の短いレストで落ちていって繰り返しアクションできたのか、などですね。そうしたゲーム展開を評価するところと、心拍数を取って個人のアスリート能力が上がっていったのかを組み合わせて、インテンシティの向上を評価しています。
特に後者に関しては、KnowsさんのGPSでは『ラクテッドゾーン(乳酸参考値)』という数値があって、これは運動距離や運動速度とその時の心拍数、レスト時間での心拍数の落ち具合を独自のアルゴリズムでかけ合わせた数値が出てきます。ハイインテンシティランに対してアスリート能力が上がっているのかの評価は、基本的にはこの数字で見ています」
――実際にアスリート能力を上げるためには、今季の鳥栖のように短時間で強度の高いトレーニングを続けていくことが近道なのでしょうか?
「それもありますし、我々は相良浩平さんのインタビューでも出ていたフラン・ボッシュの理論、コンテクスチュアルトレーニングをかなり取り入れています。制約主導型アプローチに近い考え方ですね。ただスプリントするのではなく、例えばメディシンボールを持って走ってもらったりします。サッカーのスプリントは陸上のスプリントとはまったく異なっていて、必ず首の位置を大きく動かしながらスプリントしています。首の位置が変わるということは、重心の位置が常に変わるスプリントになります。そもそも試合中には相手との駆け引きがありますし、左手で並走する相手を抑えながら、あるいは右手を振って牽制しながら走ることもあります。右斜めから左斜めに入ってくるダイアゴナルなスプリントもありますし、走る距離や方向も多種多様です。そうした様々な条件下のスプリントがありますので、それを少し噛み砕いてトレーニングに落とし込んでいます」
――個々の課題を解決するパーソナライズされたトレーニングということでしょうか?
「個々の課題もそうですし、大きな目的としては加原速の『Z3』の値(前編参照)を高めることを目指しています。『Z3』は戦術的なスプリントの数もそうですが、よりサッカー的な認知や判断が伴うスピードが見られる値です。例えばアリバイ的に寄せるプレスだと『Z1』とカウントされ、早い判断でボールを奪いに行くようなプレスは『Z2』や『Z3』に反映されるという体感が現場レベルではあります。単純に足が速いのではなく、サッカー的な認知や判断を伴うスピードですね。僕はそれを高めるトレーニングを『加減速トレーニング』と表現してやっております。例えば忍者が標的にバレないように忍び足で進んでいく時の歩幅は狭いですよね。ストライドは短く、でもピッチは早く。そういった機をうかがうスプリントをしながら、どこで加速・減速するのか。認知・判断の部分は戦術理解度の明確さなどで変わってくるのですが、いつでも加速、いつでも減速できるという体の準備だけは、フィジカルコーチである僕の方でさせてもらうということですね」
――具体的にはどのようなトレーニングなのでしょう。ボールを使うものですか?
「ボールは使ったり使わなかったりですね。ウォーミングアップやコンディショントレーニングの時に実施します。シンプルな例を挙げると、シャトルランの際にマーカーにタッチさせる。マーカーを足でタッチすると体は後傾するのですが、手でタッチさせると上体(体幹)は前傾します。実際にサッカーの試合でボールにアプローチに行く時の上体は、基本的に前傾しますよね。なので、シャトルランの際に『マーカーを手でタッチ』するという制約をつけることによって、勝手に体が前傾するようにしています」
——なるほど。そうやって普段の動きをサッカーのアクションに近づけていくと。
「そうですね。あとは、ハードルステップをする際にメディシンボールを持つことで、腕の振りが使えなくなる。多少バランスが崩れても腕を振ればバランスが取れるのですが、振れないことで勝手に体幹が安定した状態にして足を運んでもらう。サッカーの試合では自身の体の動きにではなく、外側のプレー選択に意識が向きます。なので、無意識化でサッカーの動きに整理された状態、選手たちが自分の体の感覚を自分のイメージ通りに操作できるように整える。そうすることで、結果的に加減速の『Z3』のボリュームが上がってくるので『加減速トレーニング』と呼んでいます」
――実際のトレーニング効果はいかがでしょうか?
「やり始めたのは去年からなのですが、特に『止まる』という動作に関してはある程度整理してできるようになったと思います。僕は加減速を高めていく、ハイスピードランを高めていく上で大事なのは、ちゃんと意図したタイミングで止まれるかどうかだと考えています。止まれるから次のアクションに行けるし、止まれるから相手の動きについていける。止まれない選手はそのまま流れていってしまったり、ついていく時にふくらんでしまったりします。もう1つのポイントは、相手選手の立ち位置や傾向、どこのパスコースを消しに行くのか、どこにアプローチできるかなどサッカー脳がちゃんと整理されているか。そこは監督の領域ですね。僕が体の方を整理していって、監督や他のコーチングスタッフが頭の方を落とし込んでいく。その2つがつながると、GPSの数字(加減速の『Z3』の値)に反映されますね」
——サッカー的な「認知」や「判断」がデータとして可視化されているのがすごく興味深いですね。ちなみに、シュート数などのパフォーマンスデータと、GPSで計れるフィジカルデータを組み合わせたりすることはありますか?
「今シーズン新たに始めたのは、15分ごとにGPSのデータを区切って、自チームのどういうデータが上がったり落ちたりしているのかを見ていくことです。うちは最後の15分に落ちていく傾向にあるのか上がっていく傾向にあるのか、クロスやシュートの本数など、90分の中でどういう傾向で進んでいるのかは常に注視しています。例えば、ラスト15分などで『ここでプレッシングに行けなかったね』『ここでこういう判断のエラーがあったよね』というテーマになった時に、ではGPSデータ上ではどうだったか? という話が出ることは多いですね。いくつかのパターンとして、『確かにその時間帯は走行距離が落ちていたけど、冒頭の30分でいつもよりかなりハイペースだったせいかもしれない』など、試合の流れを踏まえて立体的にデータを見るようにしています。ミスがあった要因として、認知の問題だったのか、あるいは身体的負荷によるミスだったのかを、より明らかにするためにパフォーマンスデータとGPSデータを組み合わせて見ることがありますね」
――去年からはアカデミーでもGPSを導入しているということでしたが、トップチームの数値と違いはありますか?……
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。