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リバプール2冠の秘密。PK戦を鍛える神経科学者集団「neuro11」とは何者か?

2022.05.28

5月28日に3年ぶり7度目のビッグイアー獲得を目指して、CLファイナルでレアル・マドリーと激突するリバプール。今季すでに2冠を達成している“レッズ”(リバプールの愛称)はリーグカップ、FAカップの両決勝でPK戦の末に優勝を果たしたが、その勝負強さをトレーニングしているのが謎に包まれた神経科学者集団「neuro11」だ。同社が本拠とするドイツでサッカー分析を学ぶcologne_note氏に、そのベールを剥がしてもらおう。

 プレミアリーグでは優勝にあと一歩届かなかったが、リーグカップとFAカップではどちらも決勝で、チェルシーとの120分以上におよぶ激闘を制したリバプール。両タイトル獲得後には、2冠を手繰り寄せたPK戦へのアプローチがイギリスメディアやSNSで話題を集めていた。中でも注目を浴びたのは、ユルゲン・クロップが2月末のリーグカップ優勝後に続き、FAカップ優勝後にも名前を挙げた「neuro11」という会社だ。

 「我われはある会社と一緒に働いている。4人の男たちで、neuro11というんだ。2年前に連絡を取って、我われは彼らの存在を知った。そのうちの1人である神経科学者は『PKのトレーニングもできますよ』と言っていたんだ。それで『本当に?面白そうだ、ぜひうちに来てくれ』と歓迎したわけさ」

 クロップの母国ドイツのポツダムに拠点を置くneuro11を、2019年に創設したのはニクラス・ホイスラーという男だ。神経科学、経済学、心理学を融合させた学問分野「ニューロエコノミクス」をボン大学で研究した彼は、RBライプツィヒやドイツサッカー連盟でのインターンを経て、脳の活動に関する神経科学の知見をスポーツのパフォーマンス向上に活用できると考え始める。

 そこでホイスラーは、ブンデスリーガクラブのアカデミーやドイツ4部クラブで選手キャリアを送っていた少年時代の友人パトリック・ヘンチュケと、認知神経科学専門のスポーツ科学者であるファビアン・シュタインベルクともに、neuro11を設立。選手が運動中に最適な精神状態を維持できるよう、脳と心のトレーニングプログラムを開発するのが彼らの仕事だ。

リーグカップのトロフィーを手にするneuro11の面々。写真右が創設者のホイスラー

最新センサーで脳活動をリアルタイム観察

 ホイスラーが「パフォーマンスを発揮するための最適な脳の状態」と呼ぶのは、時間や労力を忘れるほどの高い集中力を発揮し、ある活動に没頭している感覚を表す「フロー」のことで、心理学の世界では長く知られている。緊張や興奮の度合いが高過ぎたり、あるいは逆に低過ぎてリラックスし切ってしまっても体験できないため、スポーツ心理学では呼吸法や瞑想、セルフトークで選手が自らのメンタルをコントロールする方法が古くから提案されてきた。

 一方で、そうしたテクニックが競技中の精神状態にどのような効果をもたらしているのかを検証するのが難しいという問題点が浮かび上がっていたのも事実。脳活動を調べる手段としては、医療機関で使用されるような磁気共鳴機能画像法(fMRI)が一般的だが、屋内のMRI装置内で全身を固定して安静にしなければならず、実際の試合や練習に近い環境下における計測が不可能だったからだ。

 しかし現在はテクノロジーが発展する中で、頭にセンサーを着用すればワイヤレスで脳活動を観察できる脳波計(EEG)が新たに登場。脳波解析はノイズに弱く、PKやフリーキック、コーナーキックなどの選手が静止している状況でのみ使用可能という制限こそあるものの、リアルタイムでモニタリングしつつ現場でフィードバックを与えられるため、より実践的に選手がフローに入れる方法を模索できるようになった。

neuro11がリバプールと行っているトレーニングの様子

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neuro11リバプール

Profile

cologne_note

ドイツ在住。日本の大学を卒業後に渡独。ケルン体育大学でスポーツ科学を学び、大学院ではゲーム分析を専攻。ケルン市内のクラブでこれまでU-10 からU-14 の年代を指導者として担当。ドイツサッカー連盟指導者B 級ライセンス保有。Twitter アカウント:@cologne_note

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