立ち位置で相手を崩す術を身につけた徳島ヴォルティスの櫻井辰徳、新たなる壁とは
レンタル選手の現在地#5
毎シーズン、多くの若手選手がレンタル移籍で所属元クラブを離れ、将来の開花を見据えて研鑽を積んでいる。レンタル先のクラブのファンはもちろん、レンタル元クラブのファンにとっても動向が気になる未来のスター候補の現状にスポットライトを当てる。
「まさにサンペール選手がやっていることを今、徳島で学べている。いつかは追い越さないといけないですけど、少しずつ近づいていっているのかなとは思います」
櫻井辰徳、19歳。
2022年シーズンでプロ2年目を迎えた櫻井は、期限付き移籍先の徳島ヴォルティスで「自分のお手本」であるセルジ・サンペールに追いつき、追い越すために日々研鑽を積んでいる。
出場機会を増やすためだけの移籍じゃない
前橋育英高校からヴィッセル神戸に加入し、プロ1年目だった2021シーズンはJ1で2試合とYBCルヴァンカップ6試合、そして天皇杯1試合とわずかな出場機会しか得られなかった。
アンドレス・イニエスタやサンペールのみならず、日本代表クラスの実力者たちもしのぎを削る神戸の中盤には国内屈指の競争がある。その中で高卒1年目の若手がチャンスをつかむのは極めて難しい。
プロ2年目の2022シーズンはレンタル移籍で武者修行に出ることを決断した。ただピッチに立つ機会を増やすためだけの移籍ではない。櫻井の胸の内には徳島を移籍先に選ぶにあたって、明確な目的があった。
「昨年、実際に対戦した時に『一番嫌だったチーム』が徳島でした。『すごくいいサッカーをするな』とも感じていたんです。神戸ではサンペール選手がいる時といない時でまったく違うチームになっていました。そのサンペール選手に近づくためには、スペイン人監督の下で学ぶことが自分の成長に繋がると思ったんです」
神戸のチームメイトだったサンペールのことを強く意識するようになった大きなきっかけの1つが、櫻井にとってJ1初先発となった2021シーズンの第28節川崎フロンターレ戦(3-1で敗戦)だったという。
「サンペールはどうやってああいうプレーをしているんだろうと。フロンターレ戦に出てから、(その後の試合は)メンバー外でしたけど、どの試合も無駄にしたくないという思いがあって、毎試合常にサンペール選手の動きを参考にしていました」
本人にも直接教えを請うたが、ただ助言をもらうだけでは意味がない。学んだことをピッチ上で実践して、完全に自分のものにする機会が必要だった。そのために最適な環境が、スペイン人のダニエル・ポヤトス監督率いる徳島だったのである。
2020シーズンまで現浦和レッズ監督のリカルド・ロドリゲスが率いていた徳島は、以降も「スペイン路線」を継続。2021シーズンからはポヤトス監督が就任し、J2を戦う今季もポヤトス体制を維持して「ポジショナルプレー」の原則に基づく独特なゲームモデルを実践している。
“相思相愛”徳島からの高い評価
櫻井がポヤトス監督の下で学びたいと思っていただけでなく、徳島側もずっと以前から櫻井の才能に注目し、動向を追いかけてきたと明かすのは岡田明彦強化本部長だ。
「高校の1、2年生の時にある大会で彼のことを見ていました。左右両足でキックを蹴れるし、セットプレーを左足でも蹴っていたんです。遠くを見られる能力もありました。ジョエル(藤田譲瑠チマ=現横浜F・マリノス)みたいにボールを狩ることはまだできないけど、逆に技術やビジョンなど攻撃に関してすごく面白いものを持っているなと感じていたんです。そこにどんどん(成長した部分を)足していける選手じゃないかなと」
徳島にはかつてバルセロナの育成組織でサンペールを指導したマルセル・サンスコーチが在籍している。岡田はマルセルを通して、サンペールにも櫻井について助言を求めたうえで慎重にポテンシャルを評価。 最終的には“相思相愛”の形で神戸からの期限付き移籍がまとまった。
岡田強化本部長は「自分で(ゲームを)読めたりコントロールできたりする選手になってほしい。それが自分でできるようになったら、どこに行っても通用します。(サッカーは)どこにスペースがあるか、それをどうやって使っていくかという陣地取りであり、スペースの探し合いであり突き合いだから、そういったことを攻守においてわかっていく必要があります。それって経験(によって身につくこと)でもあるし、面白いですよね」と櫻井に大きな期待を寄せる。
ポヤトス監督も櫻井のことを高く評価している。今季のJ2開幕戦からいきなり[4-3-3]の中盤アンカーとして先発起用し、5月17日時点でリーグ戦16試合のうち13試合に出場させている。ピッチに立った試合のうち、先発から外れたのは2試合だけと、19歳ながらすでにチームの中心的存在だ。
「タツ(櫻井)は本当に素晴らしい選手です。昨年は神戸でなかなかプレーする機会がなかったですが、今年はいい形でプレーする機会を得ています。19歳とまだ若く、日々の練習の中で成長してくれると思っていますし、素晴らしいものを持っているので日々の成長過程を私としてもクラブとしても見守っています。その成長を私自身もうれしく思っています」
徳島を率いるスペイン人指揮官は、5月15日に行われたJ2第16節横浜FC戦を終えた後の記者会見で、櫻井について聞かれると絶賛した。2年後のパリ五輪を目指すU-21日本代表候補にも継続的に選ばれるようになった19歳は、ポヤトス監督の指導によって理想に近い形で成長を続けている。
「プレーを読むことがしっかりできるようになってきたと思います。徳島に来る前は『ボールに意識を向けて、(直接)ボールに関わっていることがいい』という価値観の中でやってきたと思いますが、徳島では『自分自身がスペースを作る。味方がプレーしやすいようにスペースを作っているんだ』という意識を持って、近いところと遠いところの両方をしっかり見られていると思います。見ることでどこにスペースが空くのか、どのスペースに自分でボールを運んでいくのか、そのスペースの認知が素晴らしく良くなってきているのではないでしょうか」
「まったく違う」U-21代表合宿で得た成長のヒント
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Profile
舩木 渉
1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。