チアゴ・アルカンタラにみる、アンカーに「ゲームメイカー」が戻ってきた理由
リバプールで出色のパフォーマンスを続けるチアゴ・アルカンタラを題材に「ゲームメイカー復活論」を山口遼氏に相談したところ、彼が注目していたのはアンカーにチアゴやクロースなどのゲームメイカーが戻ってきてバスケットボールの「ポイントガード」化し、中盤底の番人だったファビーニョやカセミロがポジションを上げているという傾向だった。その裏には、どんな秘密が隠されているのだろうか?
今日の欧州フットボールを席巻するいくつかのチームを見てみると、“ある傾向”が見て取る。それは、かつて絶滅危惧種とされた「ゲームメイカー」が微かに復活の兆しを見せていることである。
トニ・クロース(レアル・マドリー)、マルコ・ベラッティ(パリSG)などに代表されるような典型的なゲームメイカーたちを戦術の中核に据えるビッグクラブが散見される。中でもこのところハイパフォーマンスを見せているのが、リバプールでついに絶対的な存在となりつつあるチアゴ・アルカンタラだ。
特に下記の映像にもあるように、先日のマンチェスター・ユナイテッドとの試合における彼のパフォーマンスは特筆すべきものだった。
中でもここ数年で一気に目立つようになった傾向は、彼らが攻撃時には「ほぼアンカー」のように振る舞うことだ。
上記の映像を見ても、多くの場面でチアゴはアンカーのようなポジションでプレーをしていることに気付くはずだ。彼らは大抵、ファビーニョやカセミロ、ゲイエといった屈強なアンカーとセットで起用されるが、これについてはこれまでもさほど珍しい組み合わせではなかった。注目すべきは、ここ数年で判を押したようにこれらの“屈強なアンカー”たちがプレーエリアを広げ、攻撃時にアンカーポジションから離れるようになったこと、そしてそれによって空いた「空白の玉座」とでも呼ぶべきアンカーポジションに、ゲームメイカーの選手たちが陣取るようになったことだ。
アンカーポジションは、元々ゲームメイカーたちにとって“お気に入り”の場所だが、そもそも近年のフットボールの傾向として、小柄なゲームメイカーをアンカーに置くことは避けられてきたという背景がある。ある意味では回帰的とも言えるこの傾向を正確に読み解くには、この辺りの歴史から振り返っていく必要がある。
そこで、本記事ではまずどのような背景でこのような戦術的傾向が再び現れ始めたのかを簡単に振り返りつつ、チアゴ・アルカンタラのプレーの分析を通してその有用性や特徴を考察していきたい。
ペップが広めた「戦術構造」が起こした皮肉な現象
そもそも、昨今のフットボール界において純粋な「ゲームメイカー」は絶滅傾向にある。要因としては、
・インテンシティ重視のスピーディなゲーム展開
・ポジショナルプレーの浸透による属人的なゲームメイカーの必要性の低下
などが挙げられるだろう。
クロップの台頭以降、顕著になったインテンシティ重視の傾向によって、アンカーはブスケッツやピルロなどのゲームメイカーから、前述したファビーニョなどに代表される屈強で守備的な選手たちが重宝されるようになってきていた。スピーディでフィジカルなゲーム展開においては、テクニカルで守備範囲の狭いゲームメイカーたちでは守備時にボールを回収する確率が下がってしまい、かえってピンチは増え、ボール保持率は低下してしまうという事態になりかねないからだ。
それに拍車をかけたのがポジショナルプレーの浸透である。
かつてはシャビ、イニエスタ、ブスケッツといった偉大なボールプレーヤーとともに認知されるようになったポジショナルプレーも、ボールプレーヤーが不足するバイエルンにてペップが「属人的でない構造的なビルドアップ」の方法論を確立したことによって、皮肉にもポジショナルプレーからボールプレーヤーは追放されることになった。
ゲームメイカーと呼べるのは“戦術構造”であり、実際にゲームを作るのもCBやGKといった“創造性”とは無縁の選手たちへと役割が移り変わっていった。この傾向は、当のチアゴ・アルカンタラがペップ・グアルディオラ時代のバイエルンで(ペップ本人が獲得を望んだにもかかわらず)思ったように出場機会を得られなかったことからもわかるだろう。
ところが、ここのところビッグクラブにてこの傾向が見直されつつある。これは、次のような理由が考えられる。
・サッカーの複雑系としての理解
・ポジショナルプレーにおける流動性の増加傾向
複雑系では、小さな変化が数多の相互作用を通じて連鎖し、時に大きな変化をもたらす。そのため、なんの変哲もないパス1本ですら、巡り巡って試合の流れや結果に対して大きな影響を及ぼすことがある。すなわち、ある選手がボールを触るたびに少しずつ状況を悪くするパスを出すのと、少しずつ周囲の状況を改善し、優位性を生むようなパスを出すのとでは、1本1本は些細な変化でも大きな変化につながりかねない。
そのように考えると、選択肢が多く相互作用の連結も多い中央で質の高いパスを配れる選手があらためて重要視されてきているのは原理的にある意味当然のことである。現在ヴィッセル神戸に所属するアンドレス・イニエスタは、かつてライカールトに「彼はパスではなく飴玉を配っている」と評されたことがある。これはまさにイニエスタのパスの1本1本が少しずつ周囲を楽にする様を見事に表現しているが、チアゴ・アルカンタラやベラッティなどは明らかにイニエスタやシャビといった選手の影響を受け、その系譜に連なる選手だと言える。
ゲームメイカーを呼び戻したポジショナルプレーの“進化”
さらに、自分たちのバランスを崩さないために静的な配置のままが基本だったポジショナルプレーが、この2年ほどで急激に流動性を伴ったものへと変化してきていることも、ゲームメイカーの復権にとっては追い風になっている。……
Profile
山口 遼
1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd