『footballista フットボリスタ』主義 週刊第298号
もし、あなたの子にプロが認める才能があったとして、レアル・マドリーやバルセロナの下部組織に入れてあげたいし、子供もそれが夢だと言う。ならば、叶えてやりたいと思うのが親心だろう。が、それは不可能だ。FIFAが禁止しているからだ。
FIFAの移籍条項(2010年版。文言はスペイン語版からの筆者訳)の第19条1項にこうある。「国際移籍は18歳以上の選手にのみ許される」と。子供の夢を壊すのがFIFAの狙いではない。第19条の条文名は「未成年者の保護」。プロサッカービジネスに関わる大人の都合で、子供を振り回すことを禁じるのが狙いだ。
こう書くと、「子供が望んでいるんです!」と反論できそうだが、大人の保護下にある子供の意志は心情的には理解できても、法的には効力を持たせられない。自己責任を持たせられないゆえに子供で、責任能力がないゆえに子供は保護されるべきなのだ。
夢は叶えてやりたいが…
第19条には3つの例外がある。
①「両親がサッカー以外の理由で引っ越した場合」。私がスペインに来たのは転勤だ。よって、私と一緒にセビージャ市に越して来た我が子(はいません。結婚が先)が、ヘスス・ナバスやセルヒオ・ラモスを育てた優秀なセビージャのカンテラに入るのに、本人の才能以外の問題は何もない。が、これが子供をセビージャに入れたいから引っ越した、となるとアウト。この条件で親心のほとんどがくじけてしまう。
②「16歳以上18歳未満でEU内、EEA(欧州経済領域)内での移籍の場合」。16歳のセスクがバルセロナからアーセナルに移籍できたのは、この条項のおかげである。日本は欧州連合にも欧州経済共同体にも加盟していないので、これは適用外。
③「自宅が国境から50km以内にあり、隣国のクラブもまた国境から50km以内にあり、両国の連盟が合意した場合」。これも日本はスペインと国境を接していないので適用されない。
よって、たまたまスペインに転勤になり家族ぐるみで引っ越さない限り、日本の子がレアル・マドリーやバルセロナ、セビージャのカンテラ入りすることは不可能なのだ。
これは天才少年でも普通の子でも、トップクラブでもその辺の街クラブでも同じである。
知り合いを通じて日本の子供たちが「本場のサッカーを体験したい」と、私のような者の所にも訪ねて来ることがある。そんな時は、自分が監督するチームや友だちの監督がいるチームに入れてあげて、練習を経験させてあげるのだが、週末のリーグ戦には出してあげることができない。FIFAの規定に引っかかり選手登録ができないからだ。練習ではなく実戦にこそ出るのが、スペインらしさ。試合をするための練習で、練習のための練習ではないのだから、試合のない練習は身にならずナンセンスだし、何より本人がつまらないだろう。ガンガン来る当たりの強さと観客というプレッシャーがかかる公式戦を経験させてあげたいが、できない。
問題は契約解除後
こう考えると、FIFAの規定は少年の夢を壊し、サッカーの普及という面でもマイナスのように見える。が、本当にそうか? 未成年者の国際移籍が自由化されたらどうなるか?
アフリカや南米、アジアでは人心売買まがいのスカウトが行われ、やって来た子供が高評価されているうちはいい。が、例えば契約解除なんてことになれば、その子の世話は誰が見るのか? クラブか? 生まれ故郷から離れた国で、誰が衣食住を与え続け、教育を受けさせるのか? それとも故国へ返すのか?
未成年者の国際移籍の自由化は「子供の大人扱い」に他ならず、「本人が来たいと言った」という自己責任の論理が通用する世界である。そりゃ、子供は来たいと言うだろうが、そんな言い訳を通用させることが、果たして子供の夢を叶えることに繋がるのか?
「両親がサッカー以外の理由で引っ越した場合」の「サッカー以外」の条件をなくすことはできるかもしれない。こう改正されれば、何人かの子供たちの夢は叶うだろう。が、それはごく少数で、サッカー優先で国まで変えるリスクを最終的に負わされるのは本人と両親。クラブではない。現在の規定に弊害はある。だが、自由と引き換えに、そんな無責任をFIFAは許すべきではない、と思うのだ。
Photo: AFLO
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。