天才物理学者と二人三脚でリバプールを復活へ導いた敏腕SD、マイケル・エドワーズとは何者か
去る11月11日、リバプールのスポーツディレクター(SD)を務めるマイケル・エドワーズは、契約満了となる今季限りでの退団をクラブ公式サイトで公開したサポーター向けの書簡上で発表した。
メディアからの取材を一切受けないエドワーズは表舞台にも姿を現さず、素顔もクラブの公式カメラマンが撮影した数点の写真や動画から知られているだけ。謎に包まれた敏腕SDの経歴と功績を関係者の証言から振り返ってみよう。
リバプールの運命を変えた天才物理学者との出会い
イギリス南部のサウサンプトンとポーツマスの中間にある街、フェアラムで生まれ育ったマイケル・エドワーズは、子供の頃からのリバプールファン。プロサッカー選手を夢見てアイドルたちのプレーを真似しようと自宅の裏庭でボールを蹴って育った少年は1995年、16歳で当時イングランド3部のピーターバラ・ユナイテッドと契約。そのU-18チームでは、主に右サイドバックを務めていた。「ジェイムズ・ミルナーのようなプロフェッショナリズム」からCBや中盤の底も任されるマルチロールだったが、元チームメイトには「チームで最も才能のある選手というわけではなかった」ものの、「クレバーで戦術眼があり、ゲームを読む力がある選手だった」と評されている。
残念ながら2年後にピーターバラを解雇され、プロ選手の夢を諦めたエドワーズは、ピーターバラ・リージョナル・カレッジに入学する。進学したシェフィールド大学では経営学と情報科学を学んだ。卒業後は教員としてピーターバラにある高校でITの授業を担当していたが、2003年にピーターバラ・ユナイテッドの元チームメイト、サイモン・ウィルソンに勧誘されサッカーデータ分析会社プロゾーンのポーツマス専属アナリストに抜擢される。それがエドワーズの驚きに満ちたキャリアの始まりだった。同社でマネージャーを務めたバリー・マクニールは、米メディア『Bleacher Report』で若きエドワーズをこう振り返っている。
「ポーツマスで、マイケルはオールラウンダーでしたよ。分析官や腕の立つスカウト、さらには選手たちの相談相手にもなっていました。彼らは年上の監督やコーチより学習意欲が高いこともありますからね」
現役時代と同様、万能型として頭角を現したエドワーズ。しかし2005年からポーツマスを率いたハリー・レドナップはデータにまったくの無頓着で、選手情報が保存されたCD-ROMを車のCDプレーヤーに入れて何も再生されないのを不思議に思っていたほど。一方選手の心をつかんでいたエドワーズの分析術と会話術に、当時在籍していたMFリチャード・ヒューズは称賛を惜しまない。
「私たちは彼のオフィスに行き、週末に見せたパフォーマンスに関する統計データを読み上げてもらっていました。彼自身もサッカー経験があるので、選手と身近に接したり雑談するのには慣れていましたね」
「このような役割を担う人材の多くは、サッカーとは無縁のバックグラウンド出身で、サッカークラブの雰囲気に溶け込むのが難しいこともあります。でも、マイケルは違いました。しっかりと自分の意見を持っていて、それをみんなに伝えられる能力を備えていたからです。彼にはユーモアのセンスがあって、躊躇せず私やもっと優秀なチームメイトにも、統計的な観点から週末の出来を批評してくれていました。私が選手として出会った中で、そのような職務を果たしていたのは彼が初めてでしたね」
エドワーズがアナリストを務めた最後の1年、2007-08シーズンにポーツマスはFAカップ決勝に進出。ウェンブリー・スタジアムでカーディフ・シティを1-0で下して69年ぶりの優勝を果たし、翌2008-09シーズンにはクラブ史上初めてUEFAカップ(現EL)に出場した。
ポーツマスで信用と結果を勝ち取ったエドワーズは、2008年にトッテナムの監督に就任したレドナップの後を追うように2009年、スパーズへステップアップを遂げた。フットボールディレクターのダミアン・コモリの下、2006年からサッカーデータ分析会社デシジョン・テクノロジーと契約を結んでいた先進的なクラブで、エドワーズはのちに盟友となる男と運命的な出会いを果たす。同社でプレーヤー・レーティングなどをスカウティングに取り入れるアドバイスを、トッテナムに提供していたイアン・グラハムだ。名門ケンブリッジ大学で物理学の博士号を取得している異色のトップアナリストとエドワーズは、のちにリバプールでもタッグを組むことになる。
一方エドワーズが到来した時点で、すでにトッテナムを離れていたコモリは2010年10月にリバプールを買収したニュー・イングランド・スポーツ・ベンチャーズ(現フェンウェイ・スポーツグループ/FSG)から、クラブのフットボールディレクターに任命される。リバプールにデータ分析部門を設置する構想を抱いていた彼は再びデシジョン・テクノロジー社との連携を試みたが、トッテナムが独占契約を締結していたため実現できず。新部門を任せられる人材を探すことになったコモリがグラハムに相談すると、推薦されたのがエドワーズだった。
そして2011年にリバプールでパフォーマンス&分析部門のトップに任命されたエドワーズは、スカウティングやビデオ分析を始めていく。そのうち外部のデータ分析会社に依頼するよりもクラブ内部でアナリストをフルタイムで雇う方が仕事を進めやすいと考え始めたエドワーズは、その働きぶりを知るグラハムの引き抜きを画策。好機が訪れたのはアナリストが集まる国際カンファレンスで、エドワーズは会場のボストンへ向かう航空便に搭乗する。同じ機内で口説き落とされたグラハムは幼少時からリバプールを応援していたこともあり、2012年4月にデシジョン・テクノロジー社を退職。憧れのクラブでデータアナリストに就任した。
クロップ招聘、サラー獲得の影で暗躍
2018-19シーズンはCL制覇、翌2019-20シーズンには30年ぶりの国内リーグ優勝――近年におけるリバプールの復活は、エドワーズがグラハムを連れてきたおかげと言っても過言ではない。2015年初秋、ブレンダン・ロジャーズの後任を探していたエドワーズに、新監督としてユルゲン・クロップの招へいを進言したのは、クロップのドルトムント時代の全試合のデータを分析していたグラハムだったからだ。……
Profile
田丸 由美子
ライター、フォトグラファー、大学講師、リバプール・サポーターズクラブ日本支部代表。年に2、3回のペースでヨーロッパを訪れ、リバプールの試合を中心に観戦するかたわら現地のファンを取材。イングランドのファンカルチャーやファンアクティビストたちの活動を紹介する記事を執筆中。ライフワークとして、ヨーロッパのフットボールスタジアムの写真を撮り続けている。スタジアムでウェディングフォトの撮影をしたことも。