“ムバッペ祭”の1週間――母親が今夏のRマドリー移籍騒動を語る
代表ウィークの先週、フランスメディアは“ムバッペ祭”だった。
まず、10月5日にキリアン本人が『レキップ』紙とのロングインタビューで、この夏のレアル・マドリー移籍騒動についてや、自らのPK失敗(ラウンド16のvsスイス戦)で敗退となってしまったEURO2020、その後のフランス代表への思いやメッシとの共闘などについて語った。
そして10月7日、今度は母のファイザ・ラマリさんが『パリジャン』紙に登場した。
メディアに出ない母親
ラマリさんのインタビューは、年齢も性別もまちまちの6人の読者と対面し、彼らの質問に直接答えるというユニークなものだったが、正直、彼女がメディアに出たのには驚いた。
ムバッペ父のウィルフレッド氏は、「ムバッペのいるところに父の姿あり」というくらい、年が離れた弟のイーサン君とセットで、パリ・サンジェルマンのイベントや、ムバッペが見にきていたバスケットボールの試合など、スタジアム以外の場所でもしょっちゅう出没している(14歳になったイーサン君も現在はPSGの下部組織に所属しているから、最近は忙しくなったみたいだが)。
そんな父親も、メディアでバンバンと息子について発言するタイプではまったくないのだが、ましてやラマリさんが登場することは滅多にない。というか、初めてじゃないだろうか? 元ハンドボール選手だったという母は、それくらい表には姿を出さない人だった。
それだから読者代表インタビュアーの最初の質問も「なぜこのタイミングで発言しようと思ったのですか?」というものだった。それに対してラマリさんは、少し前から弁護士の勧めもあって表に出ることを考えてはいたが、この夏のEURO2020の後、ラマリさんについてもいろいろな誤情報が飛び交い、それを止めるためにも自らの口で発言する必要性を感じた、と答えている。
最後に決めるのは自分
まあしかし、みんなが気になるのはやはり今夏の移籍騒動についてだ。
ムバッペは、世界トップクラスの移籍金を動かす選手にしては珍しく、いまだに代理人をつけていない。五輪選手などアスリートの案件に長けた女性弁護士と、両親が一切をまかなっている。
元サッカー選手であり指導者でもある父がスポーツ面、母が肖像権やコマーシャルやコミュニケーション部門、またムバッペが支援するチャリティー活動のサポートといった面を担当している。なので契約交渉の席には彼ら3人が同席するが、彼らはアドバイスはしても、事項の決定は本人に任せているという。
クレールフォンテーヌを卒業した後の育成クラブにモナコを選んだのは両親の考えだった。このインタビューの中でも、ラマリさんは「キリアンは8歳、9歳の頃から注目を浴びていたので、パリから遠いところに置いて守る必要がありました」と語っている。なにより、この時のキリアンはまだ14歳だ。
しかし2017年夏、18歳でモナコからPSGに移籍したのは、彼自身の意志だったそうだ。実際、母は首都クラブに来ることには乗り気でなかったというが、ムバッペの意志は固かった。
この夏のRマドリーの件も同じだ。父親は難色を示し、母は「2024年のパリ五輪までPSGにいたら?」と提案したという。しかしムバッペには彼自身の主張があったから、あとはそれに寄り添うだけだった。
「父親はPSG残留を望んでいるが、母と弁護士が移籍を希望している」というのは世間で言われていたことであり、実際3人はムバッペの決断には関与せず、本人の意志だけで決めたのだとラマリさんは強調している。
ムバッペがPSGを去りたいのは「やりきった感」を感じでいるからだと、本人が『レキップ』のインタビューでも語っているが、母も「嫌な感情があるから去りたいのではなく、PSGに残るかRマドリーへ行くかは、父方と母方、どちらにつくかの選択を迫られるのにちょっと似ている」と話している。彼ら2人も、1年半前に離婚したことをこのインタビューの中で明かしているから、そのセリフにも妙に現実味がある。
今夏の移籍騒動に言及
そこで読者インタビュアーは「でも今のRマドリーはPSGより弱いのでは?」とナイスなツッコミを入れているのだが、母は「4年前にPSGを選んだ時はRマドリーの方が魅力的なクラブでした。キリアンがRマドリーに入ったとして、他にも3、4人が加われば、4年後には今とは別のチームになっているでしょう。キリアンは自らがプロジェクトの中心になりたいのです。常に挑戦を求めているので」と答えた。
むしろ、落ち気味の状況から自分の力で頂点へと復活させることに醍醐味を感じるということだ。メッシが「ムバッペはスペイン語もペラペラだ」と明かしていたが、いつの日かRマドリーに行くことを想定して着々と勉強していたのかと思うと、彼の意志の強さを感じる。
別の読者がまたまた「(移籍金ゼロで去るのを避けるべく)1年だけ延長するという手はないのですか?」と気の利いた質問をすると、母は「PSGとは話し合いをしていて、順調に進んでいます。月曜(10月4日)にもレオナルドSDと会いました」と答えた。
ということは、交渉次第では「移籍金発生目的の1年の契約延長で来夏Rマドリーに移籍」というウルトラCもあるのかもしれない。「PSG、レアル、自分の三方が納得する結果を望んでいた」というムバッペも、そのために移籍金が発生する今夏の移籍を切望していたのだ。
正しい道を示す両親
その他の話題としては、キリアンとの関係についてなど多岐に渡っているのだが、その中で母親は「素顔のキリアンと一般的な彼の印象はまったく違う」と語っている。けれど「それはキリアンが自分を守るために自らしていることなので、自身が招いた結果だ」とも。
本当の姿を伝えるためにドキュメンタリーを制作することを母は考えているそうだが、本人は「みんな僕がどこで寝て、何を食べているかまですでに全部知っているよ」と乗り気ではないそうだ。
母が息子の素顔を発信したいと願うのは、ここ最近「ムバッペは横柄」「もっと謙虚であるべき」といった、彼の性格についてのネガティブ報道が目立つからでもある。とはいえ、母も息子のよろしくない発言については厳しく叱責しているそうだ。
つい先日も、ネイマールに対して「あいつはパスを寄越さない」と発言したことが話題になったのだが、その際に「Clochard」という侮蔑的な意味の単語を使ったことで、キリアンは母から大目玉を食らったらしい。
子供の頃から人を挑発するのが好きで、そこに悪意はないもののたまに周囲を怒らせるので、ラマリさんはしょっちゅう学校から呼び出しを受けていたそうだ。
金銭についても気になるところだが、両親は、キリアンの稼ぎは彼のものと考えており(元来、メディアに上る数字は「システム上」のもので、そのお金がそっくり懐に入ってくるわけではない、とも母は語っている)、親としての独立した立場を守るためにも、自分たちの生活はすべて自分たちで賄っているそうだ。
ムバッペもまったく浪費家でないらしく、出かける時に「財布にお金を入れていきなさいよ」と言うと「サッカーしに行くだけだから別にいらないよ」と言い、いまでも祖母の2LDKのアパートに親族が集まってチキンを食べるような素朴な食事会を楽しんでいるそうだ。
ここ最近、アンチの声が高まっていただけに、ムバッペのイメージアップという目的も多分にあっての今回のメディア出演だったように思うが、実際、息子がこれほどの世界的スター選手になったことには畏怖の念もあり、「息子がロールモデルであることは母親としての誇りです。 ただ、アイコンであることは、責任と手本を示さなければならない義務があまりに多すぎて、違うと思っています」と語っていたのが、いかにも母親としての本心という感じだった。
以前クレールフォンテーヌのディレクターが「ムバッペにはしっかりとしたご両親がついていて、正しい道を示唆してくれるから今後のキャリアも間違った選択をすることはない」と太鼓判を押していたのを思い出した。
ムバッペが後悔のないサッカー人生を歩めることを祈りつつ……。
Photos: Getty Images
Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。