川端暁彦の東京五輪総論。結局、日本サッカーには何が足りなかったのか?
U-24日本代表の東京五輪は、4位という結果で幕を閉じた。同大会を現地で取材し続けた川端暁彦氏は、森保一監督率いるチームの戦いぶりをどう見たのか。集大成となる地元開催の五輪を終えた今、日本サッカーが積み上げてきた何が通用して、何が足りなかったのかを総括してもらった。
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ちょっと離れた席に座っているスペイン人記者が机を叩いて悔しがっている横でブラジル人記者同士が歓喜の抱擁を交わしている。少し先の観客席まで視線を伸ばせば、ブラジルの各スポーツを代表する五輪選手たちと役員たちが大はしゃぎしていた。東京オリンピック2020は、スペインを破ったブラジルの優勝という形で閉幕を迎えた。
記者会見場に現れたスペインのデ・ラ・フエンテ監督が見せた「私たちは敗北者ではありません。銀メダルを獲得したのですから」という言葉から堂々と胸を張って語る様子には感銘を受けたが、最も深い感銘があったのはピッチ上だった。延長戦までもつれ込む死闘となったブラジルとのファイナルには、随分と大きな学びがあったように思っている。
“似ている”ブラジルに感じた「上手く休む力」
一般的には、日本が目指す方向性はスペインであるとか、スペインを目標にしているなどと言われることが最近多いと感じている。だが、決勝を戦った2チーム、ブラジルとスペインのどちらが今大会の日本と“似ている”かと言えば、これはもう確実にブラジルだった。
ブラジルは日本によく似ていた(もちろん実際は逆で、日本がブラジルに似ているのだが)。戦術的にも守備を[4-4-2]のゾーンディフェンスをベースとしている点など多くの類似点があるが、例えばボランチのボールの受け方ひとつを取っても、「あっ、日本っぽい」と感じるシーンが頻繁に訪れる。
そもそも「ボランチ」という用語からしてブラジル由来なのが象徴するように、元より日本サッカーはブラジルからの影響が大きい国である。Jリーグで活躍する選手はいつの時代を切り取ってもブラジル人が多数派だし、やって来たブラジル人監督やGKコーチ、フィジカルコーチも数多い。代表監督を務めたのこそファルカンとジーコの両氏のみだが、長らくメディアで日本代表のご意見番を務めるセルジオ越後氏などまで含め、本当に多くの“ブラジル”を見出せる国だ。
今大会のブラジルは両サイドハーフも2トップも守備に参加する意思を持って献身的に振る舞っていたため、かつて日本とブラジルの差違として存在していた攻撃の選手の献身性という要素でも差がなくなったというのも大きい。相手のSBの攻め上がりをサイドハーフが追撃して下がるといったシーンはよく見られたし、2トップがアンカーをケアしながら2CBのビルドアップを阻害するプレーも実に効率的に実施していた。
あれだけ日本が苦しんだスペインの機能美あふれるビルドアップが、スピードとパワー、そして連動性を備えたブラジルの前線によってしばしば破壊される様は、ある種のエンターテインメントとして成立している感すらあった。ただ、守れるFWが点を取れないといったことはなく、最前線を担ったFWリシャルリソンは得点王に輝いている。
中2日の連戦(決勝のみ中3日)が続く中でも、かつてジーコ氏もよく使った格言「勝ったらいじるな」の精神に基づく固定されたメンバーで戦い、決勝戦も90分間にわたって交代ゼロ。それで足が止まるような選手がいることもなく、延長勝負のシナリオをブラジルベンチが描けたのは、この体力面での優位性にあったことも明らかだった。
日本はもっと選手をローテーションすべきだった、あるいはできるだけの戦力があればという思いは筆者自身も持っているのだが、そうした議論が馬鹿馬鹿しくなってしまうような戦いぶりである。これには肉体的な強健さという絶対的なベースの高さが背景にあるのも確かだろうが、もう一つはブラジルの選手たちが見せる緩急の巧みさもあった。彼らは試合の中で“休む時間帯”を作るし、それを共有しているようにも見える。もちろん、別に監督が「いまは休む時間帯だから、ゆっくり回そう!」とかいう指示を飛ばすわけではない。
「2列目主導」のイケイケサッカーの功と罪
ひるがえって日本の戦いぶりを思い出すと、どうだったか。ボールを持っていれば疲れないなんて声もあるが、そう簡単な話でもない。日本が支配率で完全に負けたのは実力差のあったスペイン戦のみで、あとは総じて上回っている。だが、消耗は痛々しいほどだった。これにはいくつかの要素があると思うが、そもそも日本が“2列目主導”のサッカーだったことに遠因があるように感じている。
誤解のないようにまず付記しておくが、これは2列目の選手たちが悪かったという話ではない。ただ、MF田中碧が「2列目の選手たちがストレスなくプレーできるような配球を心がけている」と語っていたように、日本は勝つための選択として、最も得点の期待値が高いトップ下の久保建英、右MF堂安律を活かそうという意識が高まっていた。
これはチームの得点王であるFW上田綺世が負傷で離脱してしまった影響が大きく、代わって起用されたFW林大地が周囲を活かすプレーと犠牲心に特長を持つ選手だったことで決定的になった。準備試合の段階から「2列目の選手に点を取ってもらう」意識が高まっていたのは明らかで、彼ら自身から「自分が点を取らなければ」という言葉がより強く聞かれるようになった。
反町技術委員長は個での仕掛けが増え、ボールホルダーを追い越す動きが減っていることを危惧し、その旨を横内昭展監督(当時)に伝えてもいた。実際、トレーニングを通じた改善もあったのだが、大会に入ってから両SBが相手の強力な両サイドハーフと対峙する中で守備優先のプレーを選択し、また肉体的に消耗する中で症状の悪化が進むこととなる。
2列目の選手たちの「自分が」という意識が悪かったのかと言えば、これもまた難しいところだろう。3位決定戦終了後、MF田中碧はすっかり有名になってしまった「2対2や3対3で〜」という言葉を発した後、こう語っている。
「僕らも彼ら(2列目の選手たち)に助けられた部分があるし、彼らもやっぱり結果を残したい思いが間違いなくあったと思う。そこはダメなわけではない。それで助けられた部分は間違いなくあって、ダメなわけではないんです」
実際、2列目の選手たちが攻撃を引っ張ることでグループステージ突破を果たしたと言っても間違いではない。セットプレーではPKを除いて0得点、1トップの得点も大会を通じて0だった日本にとって、2列目の選手たちの得点力はまさに生命線だった。
そして実際に「行ける」選手がそろってもいた。ある程度の状態でボールを渡せば、個で打開してしまうのだから、彼らにボールを届けるのが3列目より後ろの選手たちにとっての目的になったと言うと言い過ぎだろうが、個の打開力に「頼った」部分があったのは確かだろう。ボールを持てば彼らに預け、一気に仕掛ける。この繰り返しがいろいろな試合で見られたが、ここで急ぎ過ぎたことと被ファウルによる細かい負傷を含め、彼らの疲弊をも引き出してしまったようにも思う。
また彼らに得点への責任感が強く芽生える中で、精神的な余力や“遊び心”のようなものが失われてしまった面はある。日本が“ブラジル的に勝つ”ことを考えた場合、これは意外に重要なポイントだったのではないかと感じるところがある。
セットプレー得点「0」の意味
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Profile
川端 暁彦
1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。