ロドリゴ、パレホ、フェラン・トーレスら主力を昨夏次々と売り、代わりの補強はほぼなしでスタートした今季のバレンシア。降格こそ免れそうだが、UEFAチャンピオンズリーグ参戦をノルマとするスペイン第4のクラブとしては底をついた感がある。そんな現フロントへの風当たりが最高潮の今、クラブ売却の噂が急浮上した。
派手な私生活の王子
買い手として名が出たのが、トゥンク・イスマイル・イドリス王子。総資産7億5000万ユーロ(約978億円)で、アニメ『原始家族フリントストーン』を模した豪邸、黄金色に塗ったボーイング737、車300台を保有するなど派手な生活で知られる、マレーシアのジョホール州の君主の息子である。サッカー面ではマレーシアのクラブ、ジョホール・ダルル・タクジムFCのオーナーとしてアジアの強豪に育て上げた実績がある。
事の発端は、王子が3月1日に出したSMS上のメッセージ。そこに「バレンシアには何が必要か? サッカーを知り情熱的で成功に飢え、バレンシアのクラブとしての偉大さを理解している人間である」と記したのだ。
マレーシアサッカー界の最重要人物で、現バレンシアオーナーのピーター・リムや補強に関わる代理人ジョルジュ・メンデスとも交流があるということで、バレンシアファンの第一印象は決して良いものではなかったが、「私はビジネスマンではなく王族である。金儲けには興味はない」「栄光と成功と歴史を築くためにここにいる」など、現会長と一線を画す言葉に希望を抱いたファンも少なくなかった。
王子の言動を受け、現オーナーは完全否定
その後、王子の右腕であるマルティン・プレストの妻が王子と夫の写真に「バレンシアの未来のマネージャーと未来のスポーツディレクター」というコメントを付けてSMSに投稿。
ラ・リーガのアンバサダーで王子の友人ロベール・ピレスが王子とビデオ通話をした、というニュースも伝えられ、10日に王子本人が「私が株主になるとすれば、クラブが機能しファンに誇りに思ってもらうためだ」と発信するとさらに過熱。来週にも王子がバレンシア入りする、という噂がまことしやかに語られ始めた。
だが、ここで状況は一変する。3月11日、ピーター・リムの意向を受けたアニル・マーシー会長が「王子の件には現実味はない。クラブを売却することはない」と完全否定。
以来、原稿執筆時点(3月14日)まで王子の反論がないところをみると、どうやら「私がオーナーになったら……」という夢を野心的な彼が口にしただけのようだ。
大金持ちにビジネスとして、あるいは道楽としてクラブを使われる。それがわかっていても新オーナーを待望せざるを得ない。バレンシアが沈み込んだ闇に、光はまったく見えない。
Photo: Getty Images
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。