完璧なMFであり、心優しい愛妻家。トマーシュ・ソウチェクの成長物語
今季のプレミアリーグで最も活躍しているMFは誰なのか。マンチェスター・ユナイテッドで“キング”の座をほしいままにするブルーノ・フェルナンデスや、マンチェスター・シティで“ゴールマシーン”と化したイルカイ・ギュンドアン。最も印象的なのはこの2名だが、彼らに負けない活躍を見せる選手がロンドンにもいる。それがウェストハムのMFトマーシュ・ソウチェクである。
ソウチェクは今季リーグ戦全試合にスタメン出場し、MFながらチーム最多の8ゴールを記録。現在4位につけるウェストハムの躍進を支える大黒柱だ。そんなソウチェクだが、実はエリートとは程遠い道を歩んできたという。『BBC』の特集記事を紹介しよう。
“変な動き”が長所に
ソウチャクがキャリアをスタートさせたのはチェコの名門スラビア・プラハだが、同クラブのトップチームで活躍するようになるまでの道のりは険しいものだった。19歳の時、出場機会を求めてチェコ2部リーグへ移ろうとするも、トライアルを受けた2つのクラブから断られ、ようやく財政難にあったビクトリア・ジシュコフに引き取られたという。
当時を知るチェコの記者は「彼は過小評価されていたわけでなく、純粋に実力不足だったのさ」と『BBC』に証言する。彼を引き取ったビクトリア・ジシュコフも、無償でのローン契約だから受け入れたに過ぎなかった。
192cmの長身を誇るソウチェクは足が遅く見えた。さらに、守備的MFながらパス精度が悪かったため、スラビアのアカデミーは彼をCBにコンバートしようとした。だが、セスク・ファブレガスやヤヤ・トゥーレに憧れるソウチェクはポジション変更を断ったという。
転機が訪れたのは2015年夏のこと。金銭的な余裕がなかったスラビア・プラハは、新戦力を獲得するのではなく、ローンに出していた若手を全員呼び戻したのだ。そこでソウチェクにもチャンスが回ってきた。
当時スラビアを率いていたドゥシャン・ウーリンは「彼の実力を疑っていたが、試合に使ってみるとゴールを決め始めたんだ。守備的MFなのにね」と振り返る。その2015-16シーズン、ソウチェクはリーグ戦29試合に出場して7ゴールを決めた。
ウーリンはこう評価する。「パスはうまくなかった。走り方も変だった。そのせいで、それまでの指導者から過小評価されたのかもね。でも、彼は努力の天才だった。彼は急成長を遂げ、責任感が生まれ、それでいて謙虚だった。確かに動きが遅く見えたが、それも気にならなくなった」
前述の記者も「珍しい体形なので、変な動きに見えるんだ」と説明したが、誰が見ても変な動きに見えるのなら、それは圧倒的な長所なのかもしれない。見慣れない動きには対戦相手も手を焼くのだから。
大舞台で活躍しステップアップ
さらなる転機が訪れたのは2017年12月のことだ。スラビア・プラハの新監督に就任したのは、ソウチェクがローン先のビクトリア・ジシュコフでお世話になったインドジフ・トルピショフスキーだった。するとソウチェクもさらなる飛躍を遂げ、A代表のレギュラーに定着すると、2018-19シーズンにはリーグ戦34試合で13ゴールを叩き出し、チームをリーグ制覇に導いたのだった。
そして2019-20シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグに出場し、グループステージではインテル、ドルトムント、バルセロナと対戦。一度も勝つことはできなかったが、バルセロナを相手に全く臆せずプレーし、大舞台でも通用することを証明した。
そして代表チームでも、2019年10月のEURO予選でイングランド代表を2-1で撃破。イングランドがEUROとワールドカップを合わせて予選で黒星を喫するのは10年ぶりのことだったという。
そんな活躍を見せていたソウチェクに声をかけたのはウェストハムだった。「コンピューターの頭脳を持つ」とソウチェクを絶賛していたトルピショフスキー監督は、同選手を安価では売らないようにスラビアの幹部に進言したという。
結局、ソウチェクは2020年1月、完全移籍オプション付きのローン契約でウェストハムへ移籍し、同年夏にチェコリーグの移籍金記録となる2100万ユーロで完全移籍を果たした。
パレス戦の2ゴールを捧げた相手は?
ウェストハムでもソウチェクは即座にレギュラーに定着するとリーグ最高クラスの運動量を示した。そして今年1月26日クリスタルパレス戦で2ゴールを決め、プレミアリーグわずか33試合で通算10ゴールを達成したのだ。
これにはリバプールなどで活躍した元チェコ代表のブラディミール・シュミツェルも「守備の掃除を行いつつ、ゴールまで決める選手は、近年では他に(マルアン)フェライニくらいしか思いつかない。我われの時代のロイ・キーンやパトリック・ビエラのようだ」と惜しみない賛辞を送ったという。
ソウチェクは、そのパレス戦の2ゴールを特別な人に捧げた。「サッカーにおける最高の気分はチームのために貢献できたという実感だ」と彼はSNSに書き込んだ。「でも、今回は勝利と2ゴールを妻に捧げたい。妻は実家の家族たちに会えていないんだ。私と娘の面倒を見てくれて、本当にありがとう!」
どうやら彼は、運動量と守備力、そして得点力まで併せ持つ完璧なMFであり、何より心優しい愛妻家のようだ。
Photos: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。